第三章:「課題山積」
・3-1 第20話:「再会:1」
代皇帝となったエドゥアルドが宮廷内を大掃除しているころ。
彼が帝都で暮らすことができるようにホテル・ベルンシュタインで確保した部屋の準備を整えていたメイドのルーシェは、すっかり、暇を持て余してしまっていた。
「ぅぅ……。なんだか、落ち着きません」
使用人のために確保されている待機部屋で、イスに腰かけて休憩をしながら、彼女はソワソワとしている。
ワーカホリック体質であるために、ただ時間を空費しているだけだと、どうにも落ち着かないのだ。
日常的な休憩や睡眠は、しっかりととっている。
ただそれは、エドゥアルドの前でいつも元気に、笑顔で働くためという目的があるからであって、成すこともない状況というのにはどうにも慣れない。
ホテル・ベルンシュタインの部屋は、大きかった。なにしろ、部屋の中に部屋がいくつもある。
上流階級(VIP)向けの設備を整えているだけあって、家と呼べるほどのものなのだ。
そこをくまなく掃除するのには、なかなか手間がかかることだった。だがそれは、今のルーシェにかかればあっという間に終わらせてしまうことができる。
元々、ホテル側の従業員の手できれいに整理整頓されていた、というのもあるのだが、公爵家のメイドとして日々忙しく働き、厳しく鍛えられてきた彼女の[メイド
最初に部屋の中の全体像と汚れ具合を把握し、どのような手順で掃除を行うのか計画を立て、道具などをそろえ段取りを整えて実行。時にはいくつかの作業を並行して行えるように工程を管理し、最短時間、最大効率で、テキパキと仕事を終わらせる。
それは、すでに一種の職人芸といえた。
当然だ。
ルーシェはコスプレをしているわけではなく、
———だが今は、張り切ってすべての仕事を済ませてしまった、少し前の自分が恨めしかった。
掃除以外の職務も、すでに完璧に終えてある。
エドゥアルドの私物は然るべきところに配置済み。彼がどんな要望を出してもすぐに手配できるよう、必要な物品も確保して、ホテル側との連携の手配も完了。ルーシェ自身がここで暮らしていくための準備も、終わっている。
(こんなことなら、もっとゆっくりと準備をすれば良かったかしら)
もういっそ、もう一度最初から掃除を始めてしまおうかしら……。
部屋の扉が丁寧にノックされたのは、ルーシェが真剣に、そんな不毛なことを考え始めていた時のことだった。
その瞬間、メイドは嬉しそうな顔になって、ぴょん、と跳ねるように立ち上がる。
エドゥアルドが帰って来てくれたのかもしれない。
そう思うと胸が弾む。
だが、例え自身の主が帰って来たのでなくともよかった。とにかく、やるべきことが生まれたのだ。
「はい! どなた様でしょうか! 」
元気に、ハキハキとした口調で。
扉の前に静かに駆けよったメイドがたずねると、「あたしだよ! 」という返事。
その声には、聞き覚えがあった。
「マーリアさま! 」
「うふふっ! 久しぶりね、ルーシェ! 元気そうで良かったわ! 」
扉を開くと、そこには懐かしい顔が微笑んでいる。
薄い茶色の髪に、愛嬌たっぷりのしわのある、茶色の瞳を持つ優しそうな
マーリア・ヴァ―ル。
彼女はシャルロッテと同じくルーシェにとっての先輩メイドで、エドゥアルドがまだノルトハーフェン公爵としての実権さえなく、シュペルリング・ヴィラで幽閉同然の暮らしをしていた時からの付き合いだ。
「どうして、ここに!? はっ、もしかしてまた、一緒に働いてくださるんですか? 」
「そうよ! もう、殿下は陛下になっておしまいだからね。公国にはなかなか戻っていらっしゃらないだろうし、ずっとこちらで暮らすのなら、食べ慣れたあたしのお料理を召し上がっていただきたくてね。エーアリヒ様が殿下からお呼ばれしたのにつき従って、あたしもこっちに移って来たのさ」
「わ~っ!!! うれしいです~っ! 」
感極まったルーシェが瞳を輝かせると、マーリアは大きく両手を広げて見せる。
おいで、というサイン。
ありがたくその胸の中に飛び込むと、ぎゅ~、っと抱きしめてもらえる。
「えへへ」
なんだか気恥ずかしくもあったが、嬉しくて、暖かくて、思わず顔がにやけてしまう。
マーリアは、いろいろ複雑な経歴を持つメイドだった。
若い頃は医術を学んでおり、師匠について各地を放浪。縁あって、エドゥアルドの出産の際には産婆という大役を
メイドとなったのはその後のことで、少年公爵の立場が危うくなり始めた時期に彼を支えるために職を変えた。実権を手にできておらず身近に置いておける人員も限られていた当時のエドゥアルドにとっては数少ない信頼のおける相手であり、後からそこに加わったルーシェにとっては、メイド長として面倒見良く接してもくれた存在でもある。
彼女の現在のメイドとしての役割は、いわゆるキッチンメイドというものだった。シュペルリング・ヴィラにいたころは他に適任者がおらずメイド長として屋敷のすべてを任されていたが、今は料理が得意なことを生かして働いている。医療の修業をしていた時代に、隣国のアルエット王国で上流階級の患者向けの病院食を研究する目的で宮廷料理を始め様々な料理法を学び、その経験を生かして食材を見事に調理して美味しい食事を提供してくれている。
ある意味、エドゥアルドにとっては[おふくろの味]でもあった。
またマーリアの料理を食べられると知ったら、代皇帝はさぞや喜ぶことだろう。
「それと、ルーシェ! ちゃぁんと、あの子たちも連れて来たんだよ! 」
ひとしきり再会を喜び合った後、身体を離したマーリアはウインクをして見せる。
まさか、と思い、はやる気持ちのままに首をのばしたルーシェは、そこに二匹の動物の姿があるのを見て、歓声をあげていた。
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