・2-2 第12話:「エドゥアルドの初仕事」

 メイドたちがせっせと帝都・トローンシュタットで生活する準備を進めているころ。

 凱旋(がいせん)式を終えたエドゥアルドはその足でタウゼント帝国の国府へと向かっていた。

 兵士たちにはこれから、長い休暇が与えられる。二十万もの将兵が一度に帝都に押しかけるのはさすがに対応しきれないために交代制ではあったが、彼らには帝国の国庫から一時金が支給され、外出許可が与えられて、久しぶりに思う存分に羽を伸ばす機会が与えられる。

 グラオベーアヒューゲルでの開戦以来、ずっと働きづめ、歩きづめであった兵士たちにとってそれは、当然の権利と呼んで然るべきものだった。

 帝都の街並みにはさっそく、休暇のために訪れた兵士たちの姿が見え始めていた。

 にわかに現れたこの大量の顧客たちを前に、商魂たくましい人々がさっそくあれやこれや買ってもらおうと、盛んに呼び込みを行い始めている。

 これから街中が賑やかな喧騒(けんそう)に包み込まれていくのに違いなかった。

 ———[統治者]であるエドゥアルドには、休みなどなかった。

 彼もずっと働き続けていた。移動は馬に乗ったり、馬車に乗ったりだったし、なによりまだ二十歳にも満たないから、体力的にはさほど問題ない。しかし、精神的なことを言うと、正直かなりきついものがある。

 自分の手で築く、新しい帝国をどのような国家にするのか。

 己の好みだけであれこれ想像するだけなら、ただ、楽しいだけだっただろう。

 タウゼント帝国は、ヘルデン大陸に一千年以上もの歴史を刻んで来た大国だ。その国土は広く、産物も豊富で、国民の数は多く経済的にも豊かと言ってよい。

 それだけの国力を持った国家を、自身の思うままに改造することが出来れば、これほどやりがいのある事業は他にはないだろう。

 だが実際には、すべてを思い通りにすることなどできなかった。

 この国家は唯一絶対の皇帝を国家元首として頂いてはいるが、[絶対]と言いつつ、その権力は広く分散しているのだ。

 三百を数える帝国諸侯たち。行政組織を運営するのに欠かせない官僚・役人たち。国防を担う帝国軍。加えて、司法に関わる者たちや、催事(さいじ)や典礼を司り、国政に伝統と権威を与える聖職者たち。

 それだけではない。近年、産業革命の進展で力をつけて来た商人・実業家たち。物資の大量生産に欠かせない工場を所有し、大勢の労働者を働かせている有力者たちの意向も、すでに無視できなくなっている。ここにさらに、旧来から一定の発言権を得ていた、地元の名士や地主たちも、軽視できない影響力を発揮し得るのだ。

 まず頭を悩ませねばならなかったのは、エドゥアルドが設立した陣営、公正軍に参加し、勝利に貢献した諸侯に対する論功行賞であった。

 実戦でノルトハーフェン公国軍は目覚ましい活躍を見せたが、それだけでは勝利を得ることなどできなかっただろう。

 つまり、新しくこの国家を統治していくことになる少年公爵には、そういった諸侯に対する[負債]が存在する。

 恩賞が不十分であったり、不公平であったりしたら、彼らは不満を持ち、反旗を翻すかもしれない。やはりベネディクトやフランツを皇帝にしておけばよかったと思い直し、新たな内乱の火種になるかもしれない。

 最大の功労者は分かりきっている。グラオベーアヒューゲルの会戦で負傷までしながらも陣頭で指揮を執り続け、エドゥアルドが別の方面から敵軍を突き崩し崩壊させるまでの間、必死に敵の主力軍の猛攻を耐えしのいでくれた、オストヴィーゼ公爵・ユリウスだ。

 次点は、戦場から逃亡して捲土重来(けんどちょうらい)を夢見たベネディクト公爵を捕縛し、内戦の終結を決定づけたアルトクローネ公爵・デニス。彼は意識不明の皇帝・カール十一世の息子であり、帝国の国法に照らし合わせれば次期皇帝となる資格を持たないために当初中立の立場を取って戦いには参加していなかったが、敵の主将を捕えた功績は無視できない。

 後は、戦いで功績をあげた順に。

 その順番をつけるのが、難しいのだ。誰だってより多くの恩賞が欲しいし、自身の立てた武勲を強く主張してくる。

 恩賞を多めに、過大に与えれば、まずもって不満は起こらないだろう。

 エドゥアルドは最初、勝利に気分を良くしていたこともあってそうしようと考えていたのだが、ブレーンであるヴィルヘルムにいさめられてしまった。

 いわく、「殿下が戦をなさるのは、これが初めてのことではないでしょう。その初めてで、過大なる恩賞をお与えになってしまうと、後々の戦でも同様に多くの恩賞が得られるとみなが期待するようになり、平均的なものを与えるだけでは満足せず、不満を持つようになる恐れがございます。寛大(かんだい)になりたいお気持ちはよくわかりますが、何卒、行き過ぎのない、ちょうど良い加減をお探り下さいますように」と。

 だからずっと、帝都につくまで頭を使いっぱなしだった。

 そのおかげか、なんとか皆が満足し、過剰な部分のない論功行賞が行えそうではあるが、諸侯のことではまだ、悩ましいところがある。

 それは、新政権に対し、諸侯の発言権をどれほど認めるか、ということだった。

 理想を言えば、エドゥアルド自身がすべての権力を完全に掌握する強力な中央集権体制が望ましい。

 だが、それでは誰も納得しないということは分かりきっている。帝国というのは皇帝を頂点としつつも、実体としては諸侯の連合政権という意味合いが強いのだ。

 その権力の分散の具合は、これまでに何度も目にしている。

 当面の間は諸侯の介入を認めつつも、譲れないところはどうやって守り通すかが課題となるだろう。

 そして長期的には、自身の思い通りに国家を改革するために中央集権化を進めていく必要がある。

 先を考えると、それだけで気分が重くなってくる。

 メイドと一緒にのほほんとお茶を楽しみながら、日がな一日中おしゃべりしていたい。

 ———それでもエドゥアルドは、歩みを止めることなく、代皇帝としての最初の仕事をするべく謁見(えっけん)の間へと向かっていた。

 これは、自身が選んだ道。

 望んで手にした現在であるのだから。

 今さら引き返したり、弱音を吐いたりするつもりはなかった。

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