第二章:「帝国の大手術」
・2-1 第11話:「帝都での新しい日々」
内戦に勝利し、帝都への
しかし彼は、そのまま皇帝の住居であるツフリーデン宮殿には入らず、皇帝だけがくぐることを許さえている象徴的な門、
———自分は、あくまで[代理]である。
その立場を証明するために、少年公爵は敢えて宮殿を自らの居場所とはしなかった。
代わりに選んだ滞在先は、ホテル・ベルンシュタイン(琥珀)。
そこを選んだのは、公爵という高位の貴族が宿泊するのに十分な設備と知名度があるという理由と、過去に三度、帝都に滞在する際に利用したことのあるホテルで、その内部構造を把握していて使いやすいだけなく、警備上も有利となるからだった。
一度目は、帝国南部に隣国のサーベト帝国が大軍を擁して侵略して来たのを撃退し、帝都に
二度目は、帝国内で頭角を現しつつあったエドゥアルドを警戒した両公爵、ベネディクトとフランツが政治的な策謀によって少年公爵を査問にかけた時。
そして三度目は、内戦が始まるきっかけとなった皇帝選挙が行われた時のことだ。
こちらからの要望で、いつも同じ部屋に宿泊している。
「なんだかここも、すっかり見慣れてしまいましたねぇ……」
その懐かしささえ覚える部屋に入ると、メイドのルーシェはきょろきょろと中を見回し、荷物の入った旅行鞄を両手で持ったまま、感慨深そうに呟いていた。
「こら、ルーシェ。立ち止まっている暇などありませんよ? 」
そんな彼女をすかさず、だが優しい声で注意したのは、先輩メイドであるシャルロッテ・フォン・クライスだった。
彼女は現在、二十一歳。凛とした印象で知性的なツリ目を持った女性で、背が高く、メイド服の下に鍛えられて引き締まったしなやかな肢体と、投げナイフを始め様々な武装を隠し持っているというメイドだ。
ふわっとしたボブの赤みの濃い茶色の髪を持ち、右側の前髪だけ長くしているという特徴的な髪型にしている。これは、右がアンバー、左がグリーンというオッドアイであることを隠すためにそうしている。
メイド服にいろいろ仕込んでいることからもわかる通り、彼女は普通の使用人ではなかった。
その出自であるクライス家、ノルトハーフェン公国の陪臣で準男爵の爵位を持つ一族は、代々公国の[裏]側、諜報を司って来た家柄だ。
先代の公爵がかつて行われた戦争で戦死した際にクライス家の当主も共に戦死し、クライス家は実質的に断絶となっていたが、その娘であったシャルロッテは幼いころから訓練を受けており、数年前まで幽閉同然の暮らしをしていたエドゥアルドが信頼できる数少ない臣下として仕えていた。
スラム街で人知れずひっそりと消え去ろうとしていたルーシェのことを発見し、連れ帰ったのも、当時の公国内で進行していた不穏な動き、少年公爵からその地位を
ツインテのメイドに言わせると、少し怖いところもある先輩だ。
かつてのエドゥアルドには信頼のおける臣下が少なく、その身の回りのことは非常に少ない人数で切り盛りし、身を守るのにも苦労していた。そんな中でなんとか主君を守ろうとしていたシャルロッテは厳然とした性格であり、新たにメイドとなったルーシェのことも厳しく教育をした。
しかしそのことは感謝しているし、怖いと思うのは少しだけで、尊敬と憧れの気持ちの方が圧倒的に強い。
自分がメイドとしてやっていけるのは彼女のおかげであり、その凛とした立ち居振る舞いは美しく、模範だと思っていた。
「あっ、はい! すみません、シャーリーお姉さま! 」
ボーっとしていないで手を動かせ、と諭されたルーシェは、慌ただしく荷物を部屋に運び込む作業を再開する。
自分たちの主が戻ってくるまでに、ここで快適に過ごすことが出来るようにすっかり準備を整えておかなければならないのだ。
二人のメイドはテキパキと荷物を運び込み、その中身を然るべき場所へと配置していく。
シャルロッテは、部屋に不審なものがないかを確かめる役割も負っていた。
公爵、いや、これから代皇帝ともなるエドゥアルドが過ごすことになる部屋なのだ。
彼がいったい何を考えているのか、その一端だけでも知りたいと願う輩は多い。だからその滞在先となる場所に、のぞいたり聞き耳を立てたりするための穴が密かにあけられていたり、調度品に細工がされたりしていることは日常茶飯事のレベルであり得ることなのだ。
そういった危険がないか、赤毛のメイドは使用人としての仕事もしつつ、鋭い眼光で調べて回っている。
(やっぱりシャーリーお姉さまは、かっこいいのです! )
その姿により一層、憧れる気持ちを強くしながら、ルーシェも忙しく働く。
肝心の、彼女たちの主人はというと、
もちろん、ツフリーデン宮殿を観光するためなどではない。
そこにいる帝国の重臣や官僚たちを掌握し、自身を中心とする新政権をスタートさせるためであった。
(帰ったらすぐに、暖かいコーヒーでお迎えできるようにしておこうっと! それと、なにかあま~いお茶菓子があればいいのです。きっと、エドゥアルドさまはお疲れになってお戻りになりますから! )
ルーシェはにこにことした表情で、うきうきとしながら働いていた。
このメイドという仕事は、彼女にとってはやりがいのある、生きがいであった。
スラムで暮らしていたころには想像もしなかったもの、風雨や寒暖をしのげる安全な家も、美味しい食事も、暖かな寝床だってあるし、頻繁に水浴びをして身体を清潔に保つことだってできる。
毎日やることがあって大変だが、時々(無理やり)お休みをもらうこともあるし、なにより、主君の好意によって勉強を教えてもらえる機会もある。驚くべきことに、おしゃれをすることだってできるのだ。
そしてなにより。
———エドゥアルド。自身を救ってくれた、そしておそらく、これからこの国全体を救って行くことになる少年の、もっとも近くにいることができるのだ。
(早く、帰ってきて下さらないかしら……)
そっと、かつて主君からいただいた、自身の髪を整えるのに使っている青いリボンに触れたルーシェは、どうしてかいつも湧き出して消えることのない幸福な気持ちと共に主の姿を思い描き、微笑みを浮かべていた。
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