第28話 リオの記憶1

 わたしはよく夢を見る。

 それはリイチさまとの記憶――いや、勝手に作り上げた一方的な幻想のよう記録だ。


   ◇


 小さい頃から言われていことがいくつかある。


 一つは、「お前は鬼炎家に仕える身だ」ということ。

 一つは、「お前は鬼炎家のために生きるのだ」ということ。

 一つは、「お前は鬼炎家のためにその身を捧げるのだ」ということ。


 ようするに水無家の長女であるリオは、鬼炎家の誰かの妻となるために生まれたというわけだ。


 自分で選べぬ道で、自分の時間をささげて高みへと至る――なんとわかりやすく、なんと単純な人生だろうか。

 やりたいことだとか、言いたいことだとかを我慢して、わたしはただ一人の人間に仕えるために生きて行くというわけだ。

 疑問に思うわけもなく――心から、それで良いと思っていた。


 でも、それが違うということをわたしは知った。


   ◇


 それは5歳になる年のことだった。

 空は晴れ、雲はなく、まるで空の上の庭園にいるようだった。


 よく覚えているのは、それがわたしの誕生日だったからだ。 

 山奥に建てられた水無家の別荘で、わたしの5歳の生誕祭が行われることになったのだ。


 数が多いのではなく、選ばれた人間がわたしのために集まってくれた。

 いつもは「誰かのため」に学んでいるわたしだったが、その日は「わたしが主役」だった。

 とても素晴らしい1日であることは間違いがなく、それはその後の出会いによって、確約された。


 誕生日会が、大人のための宴会と呼べるような状態になったときのことだ。 


「リオ。こちらへ」と母親の声がかかった。

「はい」


 わたしは何を疑うでもなく母の背についていった。

 宴会場の人間はすでにお酒に夢中で、主役が退席することには無頓着だった。


「どこへ行くのですか、お母様」

「母からの誕生日プレゼントをお見せしますよ」

「わあ。なんですか?」

「あなたが前から望んでいたことです」

「のぞんでいたこと……」

「ついてくるのです」


 母の顔がどこか険しかったことを、今のわたしなら気付いただろう。

 けれども五歳のわたしには、稽古のときの厳しさと、人生におけるそれとの違いの見分けがつかなった。


「……外に行くのですか?」

「ころばぬようにね」


 母の後をついていく。

 厨房のわきから裏口へ出るときには、一体どこへ連れていかれるものだと思ったものだが、その答えはすぐにわかった。


「お母様。この先には、使用人の見張り小屋があります」

「ええ、そうですね」


 母は振り返らなかった。

 見張り小屋とは、切り立った崖の近くにある小屋で、小高い場所にあるため、別荘にくるまでのくねくねとした道を見ることができる。

 仮になにか怪しいものがきても、ここからの連絡があれば安心だという。


「今日は幸福な日ですから、敵はやってきません」とわたしは言ってみた。

 現に、朝食のとき、父にそう言われたのだ。『今日は幸せな1日になるぞ』と。


「そうね。それは半分合っているけれど、半分は違うわね」

「でも、お父様は……」

「もちろん、お父様はそれを言うために色々と頑張っておられます。けれども、あなたが幸福だからといって敵がこないわけではありません」

「……はい」


 よくわからないまま、それでも頷いてみせた。

 わからないときはそうしておけば、あとで調べることができるからだ。

 わたしはそうやっていつも乗り越えてきた。


「さあ、つきましたよ」


 母が振り返った。

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