第27話 水無家の夜空
空には月と満天の星――のはずだが、背の高い木々に囲まれているせいで、満足な光は届かない。
人工の明かりはほぼ皆無。
同じ敷地内で宴会が開かれているなどとは思えないが、耳を澄まさずとも遠くから人の笑い声や音楽が聞こえてくる。しかしそれも遠くなっていく。
建物の裏側になるため、光が届くこともない。
手にもったLEDカンテラでは心元のない隙の無い闇が襲ってくるが、リオは意に介することもなくすたすたと先頭を歩く。
「おい、リオ。あまり早く歩くと危ないぞ」
「平気ですよ。ここには何度だって来ていますから」
「俺は初めてなんだが……」
答えはない。
しばらく歩くと、急に歩きづらくなってきた。
からんころん、と下駄の音が鳴るのは、足元に石の混ざった地面が現れているからだ。
さきほどまては鳴らされた土のような感触だけだったのだが。
「リオ、これ、下駄でくるような場所じゃないだろ」
「ええ。すでに正規のルートからは外れています」
「外れていますって……」
そんなにさらっと言っていいことなのだろうか。
先ほどから感じていたが、どんどん山に入っている気がする。
どれくらい歩いたのか……、100メートルは確実に超えている気がする。
住宅地でそれだけ歩けば、何件もの家の敷地をまたぐだろうが、水無家の敷地ではそんなことは当たり前のように起こらないのだろう。
「リオ、道幅が狭くなってきてるんだが……これ、道の両脇って」
「崖じゃないですよ」
「だよな」
「傾斜ではあるので、落ちたら大変ですけど」
「だよな……」
「本来の道を進むと小さい滝に出るんです。何かを祭ってる小さい社もあります」
「ここは本来の道じゃあないわけだ……」
「というわけで、つきました」
「ん」
リオの背や足元、両サイドへばかり目をやっていたので、突然あらわれた“それ”に気が付くのに時間がかかった。
「小屋?」
「家です」
「中にはいるのか?」
「外観だけ見る性癖でもあるんですか……? 脱がすよりも、着ていてほしいタイプ……?」
「なぜ性癖の話になるのはわからんけど、入るなら入るぞ」
「やだ……強引……」
「帰る」
小さめの小屋の前で騒ぐ暇はない――いや、本当はあるんだろうけれど、こいつと密室空間とかにいくと、ロクなことが起きないからな。
俺は踵を返して――しかしその先に道が見つけられずに立ち止まった。
「リイチ様、こんな暗闇を一人で戻れるんですか?」
「っく……」
「そういう性癖なんですね」
「ちくしょう……」
前に虎だか、後ろに狼だか、そんなことは分からないが、俺はリオと夜とに挟まれて、選択肢を失してしまったようだ。
進むしかない。
もう戻れない。
俺はリオに嘆息をぶつけてやってから、言った。
「で、どうするんだよ」
「この中で、少しお話をしましょう。とっても長くて、短いお話です」
カンテラの光が示す小屋の先。
リオの表情は夜にまぎれて、見えなくなった。
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