第25話 水無家の宴会

 そうして夕食――もとい、酒豪たちの宴会場の前にたどり着いた。

 襖を開ける前から笑い声や雑談が聞こえるのは、俺のお願い通りだ。緊張するので、無礼講でお願いしておいた。

 遅刻したときの教室に入るときみたいな緊張感を、こんなところにきてまで味わいたくはない。


 リオが襖をあけると、室内が見える。席は大方埋まっていた。料理はそれぞれの使用人の手によって運び込まれている。

 それぞれが使用人であり、それぞれが参加者であるので、皆手際が良いようだった。


 あらためて室内を観察。

 宴会部屋としか表現しようのない畳敷きの大広間に、大勢の人間がお膳の前に座っている。

 俺はこういう光景を目の当たりをするのは初めてなのだが、ここまでの人数が部屋の中心を囲うように座布団に座る様は、圧巻としかいいようがなかった。

 人間の『生命力』みたいなものが可視化されそうなほど、密度が濃い。


 巌さんやリオのお母さんは上座についていたが、俺が入室したのを見ると立ち上がる。

 使用人の方たちも、立ち上がる。

 どうやら俺の登場によって発動した状況らしい。

 

 一同、俺に頭を下げるものだから、俺は『す、すわってください』と指示――いや、懇願した。

 巌さんが全員に向けて一度頷くと、さわいでいたはずの皆が音もたてずに座についた。


 横目で確認しながら、俺も用意された席に座る。

 上座、ど真ん中の席だった。

 時代劇だったら、悪代官だとかが座っている席だ。

 注目されるのに慣れていないせいか、どきどきしてしまう。


 参加者は見慣れた顔が6,7割。

 見知らぬ顔が3割程度といったところか


 まだ酒が入っていないはずなのに使用人の頬は紅潮していた。笑顔も絶えない。

 嘉手納さんなんか、出身地である沖縄の……なんだっけ。三味線みたいな楽器を抱えていた。


 巌さんが俺に耳打ちをしてきた。


「リイチ様。お恥ずかしいことに、水無家のものは酒に目がない者が多いのです。我慢の限界の様子――そろそろ始めてもよろしいでしょうか」 

「あ、はい」


 リオは視線をわずかにさげて、すまし顔をしている。

 和服とあいまって、本物のお嬢様みたいだ。

 いや、本物のお嬢様なのだけど。


「みな、よろしいかな――」


 巌さんの掛け声に、声どころか、息さえ潜められた。


「――今夜はリイチ様のお計らいにより、このような場を設けさせていただく運びとなった。申し訳ないが、皆の食事に宴会のこだわりは見出せぬかもしれないが、酒はたんまりと用意しているし、酒肴が切れることもないだろう」


 咳一つしない大広間。

 しかし使用人さんたちが、うずうずとしてるのは肌で感じた。

 言葉どおり、皆、お酒が大好きなのだろう。嘉手納さん、めっちゃにこにこしてるし。俺に向ける笑顔より、数倍嬉しそうだ。


「では、リイチ様。乾杯の前に、一言よろしいでしょうか」

「……、……、……」


 皆、お酒が趣味なんだろうな。趣味で飲むお酒どころか、俺は飲酒自体、したことがないけれど、ここまで楽しそうだと飲んでみたい気にもなる。

 早く宴会が始まれば良いけど――え……今俺って言った?


 横に座っていたリオが、すまし顔のままつぶやいた。


「リイチ様。皆、言葉を待っております」

「え、あ――はい!?」


 ぼーっと皆を観察していたら、いつのまにか俺のほうが見られていた。

――俺は思わず立ち上がってしまった。

 うつらうつらしていた時に先生に教科書を読むように言われたときのように、体が反応してしまった。


「……あ」


 頭が真っ白になるとはこのことだろう。

 顏が熱く、視線を集めているという事実が、どうにも重く肩にのしかかってくる。

 そうだ。

 俺は基本的に緊張しいで、突発的なアクシデントに弱い傾向がある。

 しっかりしていると思われがちだが、目的がない時は、ぼうっとしていることも多く、だからこうやって窮地に陥ることも多い。もちろん自分の判断ミスでだ。


 母親はいつもそん俺を心配していたっけ。

『あたしが死んでもいいように、ちゃんとしたお嫁さんをもらうんだよ』と笑いながら言っていた。


「リイチ様。何かお言葉を」


 リオの再びの言葉は、やはり俺の焦りを生むことしかしなかった。

 普段ならばリオの言葉に冷静になるものだが、今のリオはただのお嬢様だ。

 俺は働かない脳みそをフル稼働させて――なんとか、思いついた言葉を口にした。


「か……かっ!」


『か?』


 リオをはじめに、参加者が全員が首をかしげた気がした。


「かんぱいっ!」

「……リイチ様。それは乾杯の音頭であって、そういう『一言』が欲しいのではありません」

「……はい」


 俺は顔真っ赤にしながらストンと腰を落とす。

 巌さんの的確なフォローが入り、そうして――宴会は始まった。


「ぷぷー。先輩、はずかしー」


 小声のリオは無表情。

 お嬢様かメイドか、どっちかにしてくれ……。


 ま、そんなリオのことを考えていたら、失敗のことなんて気にならなくなっていたのだけども。

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