第19話 夏休み直前に、からまれてます。part1

「きりーつ……、礼」


 日直による号令のあと、一同が別れの言葉を口にすると――夏休みが始まった。

 本日晴天、終業式。

 明日からは皆が待ちに待っていた長期休暇というわけで、教室内にはいつもとは比べ物にならないほどの熱気がこもっている。


 ……いや、熱気はそればかりが理由ではないか。


 リオがすまし顔かつ当たり前のような態度で上級生クラスに入ってきた。


「先輩、お迎えにあがりました。腕を組ませていただきますね」

「俺が命令していたように実行するのはヤメろ。腕も組まなくていい……」

「あ、そうでした、水着のときだけの御命令でしたね……本当に申し訳ございません……」

「心から反省しているような表情をするな、誤解されるだろ……!」

「え? ……あれは、遊び、だったんですか……?」

「もういいよ、お前は一人で帰れ」

「冗談でございます」


 こそこそと俺に話しかけるのは、既に説明するまでもない俺の専属メイド――水無リオ。

 ちゃっかりと周りに聞こえないようにコソコソ話をし、聞かせても構わないようなワードはさりげなーく大きな声で話すものだから、周りにはどうにも、真実が見えないらしい。


『ち、ちくしょう……夏休み、あいつらは一体なにをするんだ……!』

『水着ていった? ねえ、いま、水着っていってた?』

『なんか最近、雰囲気が一段と濃密になった気がするんだが……』


 勘違いも甚だしい。

 そして、静かだったころの水無リオが懐かしい。

 なにをきっかけに変わったのかは不明だが、少しばかり抑えがちだったウザいメイドモードは、無事にしっかりと元通りに復活していた。


「先輩、おちつかないと、リオのスマホ、落ちちゃいますよ?」


 そういって胸元にちらりと見せるのは、これまたどこで増やしたのか分からない俺の盗撮写真。

 俺は半裸。夏服の薄着のリオからバスタオルを貰っているところである。なんというか、知らない人間がみたら、なにかに見えるかもしれない。


 無表情のまま脅してくるリオに俺は言う。


「何枚持ってるんだよ……」

「無限にございます」

「ネタを増やすために、これまで静かにしていたのか?」

「それも、あります」

「『も』ってなんだよ。それ以外になにがある」

「まあ、それは内緒ということで」

「内緒しかない。真意をきいたことがない」

「水無家の別荘にいけば、何かわかるかもしれませんよ? 過去を思い出すかもしれませんし」

「……なんだって?」

「では、帰りましょうか」

「おい、ちょっと――」


 リオはメイドでありながらも、主人に先を促して、一人で歩いてしまう。


「まったく……、なんなんだよ、いったい」


 別荘にいけば何かが分かる――まさか、リオの両親に何かを聞けっていうのか?

 初対面で、色々とハードルが高すぎるだろう。


 ふと、そのとき、ふくよかな笑顔が頭に浮かんだ。

 ああ、そうだな――俺の中で、事前準備が定まった。

 とりあえず、あの人に会っておくべきなのだろう。


   ◇


 目当ての人はすぐに見つかった。

 自宅へ戻り、車置きまで歩けば、誰だって見つかることだろう。

 だって彼は運転手なのだから。


「嘉手納さん」

「おや、ぼっちゃん。どうかなさいましたか」


 俺が声をかけると、にこにこと振り返った男性の名は、嘉手納さん。

 鬼炎家にやとわれた――いや、ちがった。水無家に仕える運転手らしく、昔は色々とぶいぶい言わせていたんだよ、と聞いている。本人の口からだけど。


「今、お時間大丈夫ですか」

「ええ。そりゃもう、いつだってヒマですからね」


 わはは、と遠回しに批判されるが、とくに嫌な感じはしない。

 真顔でいたって笑っている感じのする嘉手納さんの表情は、どんな言葉を口にしても柔らかい印象になるようだ。リオにも少しわけてやってほしい。


「ちょっとお聞きしたいんですが……」

「水無家の別荘のことで?」

「ええ……もちろんそれもあるんですが」

「当代様のことですか」

「当代様ってのはつまり、リオの父親のことですよね?」

「ええ、その通りですよ」


 嘉手納さんは、もっていた毛ばたきを車のトランクにしまうと、取り出したハンカチで汗を拭きながら提案してきた。


「ぼっちゃん、それにしても暑いや。ちょっとドライブでもしながら話をしませんか」

「え? ああ、はい、いいですよ」


 なるほど。

 たしかに話をするならば、車の中のほうが都合が良いだろう。


(2へ続く)

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