第14話 グラウンドで、からまれてます。
生徒数が多い学校にもなると、一年から三年までの授業がブッキングすることは往々にしてある。
とくに一番多いのが教室外、授業。たとえばそれは体育である。
グラウンドや体育館をいくつも分けて、それぞれの学年・クラスが使用する。
それでもまだ敷地が余るくらいには、体育館もグラウンドも広大だった。
「先輩も、体育だったのですね」
そう声をかけてきたのは、他でもない、俺の専属メイドである水無リオ(クールversion)である。
俺のクラスは男子と女子に分けられたのち、男子側はグラウンドでサッカーとの指令がくだった。女子は体育館でバレーボールらしく、ここにはいない。
だが、それはあくまで俺たちのクラスだけのこと。
グラウンドに出てみれば、ほかにも女子のクラスがいるな――なんて思っていたら、どうやらそれは下級生で、なんの因果かリオのクラスの女子たちだったらしい。
そうして、めざとくも主人を見つけたリオが、授業開始時間まで一人でぼうっと立つ俺に近づいてきたというわけだった。
俺は、横に立つリオを極力見ないようにして、答えた。
「ああ、……うん」
「私たちは、二年の女子の、さらにグループAです。なんとこのご時世にランニングなんですよ。走るだけで授業って、おかしいですよね」
「体力はつくぞ」
「先輩は、なにをなさるんですか」
「サッカーだ」
「タマを蹴りあうやつですね」
「……漢字でかくなら、たしかに『蹴球』だけどな」
言い方を気を付けろ、とツッコミを入れようとしたがやめた。
なんというか、あまり、リオのほうは見ないようにしよう。
だが、もちろんリオは俺のそんな異変に気が付いた。
「なんだかツッコミのキレがわるいですね」
リオは、会話を聞き取れる距離に人のいないことを知ってか知らずか、俺の顔をのぞきこんだ。あくまで自然に、だが。
俺の視界にリオの上半身がうつる。
思わず目をそらした。
「――っ」
「……リイチ様? あら? あらあら?」
まずい。気づかれたか。
リオは垂直に立てた手の平で口元を隠すと、「あらあらあら?」と続けた。
「くっ……」
俺が視線を移動させたのは、なんてことはない単純な話で、今のリオの姿を見たくないからだ。
具体的には――リオの着用している、体操着を見たくない。
どういうことか、完結にのべよう。
この学園の指定体操着は、どこかの立派な研究所が開発した新素材を使っているらしい。それを黒曜学園は採用している。というか、黒曜学園が投資している技術らしいので、正確には実地試験というやつだろう。俺達は利益のための実験台というわけであるが、まあ、この素材自体はとても優秀なので、着用するには問題ない。むしろ着心地がよく、動きやすい。
空気の通りがよく、だから熱がこもらず、よって蒸れず、さらに伸縮性があり、ようするに体に密着し、動きを邪魔しないどころか、その肉体がうけるダメージ――おもに筋肉の収縮などに効果があるらしい――をも軽減するという素材。
すばらしい。
これを着用していれば新聞配達の速度が上がりそうな気がする。それどころか、筋肉の動きの保護までしているのだから、様々な肉体労働時にも、ものすごい効果を発揮するだろう。
できればその時は、作業着の下に着るのが望ましいが。
だって、体のラインが出過ぎるから。
そう――つまり、途中に説明を入れたように、ようはこの新素材の体操服は、体にものすごい密着している。
体操着、と銘打たれてはいるが、それはどちらかというとアスリート用のユニフォームに近い。もっと親しみをもって言うならば、股引とか、そんな感じだ。
色は体操着を意識してか、上が白。下が紺である。
試験の為なのかは不明だが、男性用と女性用で構造に違いがあるらしく、男性用は、うまく表現しようとするなら、それはヒーロースーツようなものだった。
筋肉にそって、なにか特殊な繊維がひかれていたり、胸板の部分にこれも布で作ったらしい軟体の補助材のようなものが入っていたりする。不思議な感じだが、動きやすい。転んでも主要部のけがは防げそうである。
さて、問題の女性用のそれだが――色は、やはり上が白、下が紺である。
だが男性用と違って、筋肉をイメージしているというよりも、それは肉体構造における可動部を保護するような形だ。
全身タイツのように密着しており、太ももや腕周り、肘や膝、そして腹部、肩回り、最終的に周りを囲われるために必然的に浮き出す胸部。昔見た、可動式のフィギアの素体に現れるような可動部のライン。あんな感じの補助が、各所に入っている。
とてもスタイリッシュにもみえるから不思議だ。そして同時に、なんだかセクシーというか、そういう性的に見えてもしまうから……不思議だ。
これ、生徒からクレームとかないんだろうか。
もしくはクレームがいえないほどの圧力を、金持ちたちが感じているのだろうか。
おそらくこの学園なら、後者なのだろうな……。
「リイチ様」とリオが言う。
「な、なんだよ」
「専属メイドとして質問いたしますが……なんらかの処理が必要ですか?」
「人をゴミみたいに言うんじゃない」
「……? 男性ですから、仕方のないことかと」
「……? 男も女も差はないだろ」
「……? いえ、さすがに差はあるかと」
「……? まあ、とにかく、いい」
人をゴミみたいに表現するとは失礼なやつだ、と思っていたが、なんかリオの言葉に別の何かを感じるぞ?
処理ってどういう意味だ?
ごみ処理みたいな感じで、バカにしてきたんじゃないのか?
よく分からないでいると、リオは、「それでしたら、良いです」と引き下がった。なんだかわからないが、なにかの危機を脱した気がするのは気のせいだろうか。
まあとにかく――話をまとめよう。
ようするに俺は、リオを含めた女子のそんな服装が、みていてなんか、恥ずかしくなるのだ。スタイリッシュに見えはするが、いつも制服を着ている女子が、いきなり体のラインがわかりすぎるものを着用していたら、誰でもそうなるだろう。
現に下級生の女子のそんな姿を見て、三年のプライドを捨てた男子一同は、じろじろと女子の姿を見ている。
そんな視線を感じている女子も感じていない女子もいるようで、やっぱりなんか、俺は色々と考えてしまい、だから視線を向けることだけは避けるしかないのだった。
……と思っていたら、なんかすごい視線を感じるぞ。
男どもだ。
だがこれは、俺に視線を向けているのではないな。
俺の横にいる水無リオが、男子たちの視線を受けているというわけだ。
「……ったく、どうしようもねえな」
俺は若干位置を変えて、リオの姿が男どもにうつらないように、隠した。さすがに写真を撮られてはいないと思うが、そんなこと気にしだしたら、身が一つではもたない。
「あら……? もしかしてリイチ様いま、私を隠しましたね?」
リオは、再び俺の顔を覗き込んだ。
すでにクールモードが解除――いや、されていなかった。さすがに人が多い場所ではクールモードのままらしい。
俺は曖昧に言葉をぼかそうとしたが、なさけないことに、ぼかしきれなかった。それどころか話題の方向性まで間違えてしまったようだ。
「……そもそも、そんな体操着で、恥ずかしくないのかよ」
「男子だって似たようなものではないですか」
「男子は男子だろ」
「あら。今の時代、それは差別ですよ?」
「区別だ」
「うーん。恥ずかしくないのかと聞かれましても」
リオは自分の体を見下ろした。
「陸上部などは、これよりも露出のおおいユニフォームです」
「たしかにそうだが……」
「ビーチバレーの選手はもっと露出が高いかと」
「それは海辺だし、必然的にそうであるという理由が……」
「先輩が、私に求める普段着ももっと、スケスケですし」
「そんなこと頼んでないだろうが……」
「まあでも確かに、リイチ様の仰ることもわかります。これはこの素材が皮膚に張り付くようで、心地よいですからね。水着などの分厚い素材とは比べ物にならないほど薄く、それでいて強靭であるようです」
「ああ、たしかにそうだよな。薄いんだ、これ。なのに破れない」
たしかに、この素材。素肌に馴染みすぎている。実際、素材を肌色にしてしまったら、遠目には裸に見えてしまうかもしれないぐらいだ。
最近の絆創膏とか、すごい柔らかい材質だし、そういうものも視野にいれた医療分野の素材なのかもな。
もちろん、体操着に加工するときはそれなりに分厚い箇所を作り出している。先ほどもいったようにヒーロースーツのように、補強されているところと、密着しているところの差がデカいのだ。
女子でいえば、上はどちらかというとゴテゴテしているし、下は膝あたりまでの保護であるが、基本的にはラインだけが入っており、肌に密着しすぎている感じだ。
「まあ、リイチ様。技術とは常に進化するものです。これも未来では当たり前の光景かもしれませんよ」
「そういうもんかね……」
「ええ、そういうものです。未来とは常に変化するものだと私は知っていますから」
「ん?」
なんだか意味深な言葉だが、そこに重なるように、男子女子それぞれの担当体育教師が、ピーピーとホイッスルを鳴らした。
どうやらそれぞれの授業がはじまるようだ。
「あら、残念です――それではリイチ様。くれぐれもお怪我などされないよう」
そうしてリオは去っていった。
「そっちもな」
俺はリオの背に声をかけながら、俺はぼんやりと思った。
ああ、よかった。
話の方向性によっては、周りに人がいようともなにかしらの弱みを握られるような話の展開にもなりそうたった。
しかし今回はうまく回避ができたようだ。
良かった良かった。
スマホの画像データだけでも存分におどされているというに、様々な既成事実まで作られてしまったら、もう、俺の生活はリオ次第になってしまう。
本当によかった。
◇
――だが、約一時間後。
その言葉を撤回したくなるような状況に見舞われることになるのだが……それをこの時の俺は当然、知るはずもなかった。
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