第12話 盗撮中に、からまれてます。
リオは二年用の昇降口を使用している。
俺は当然三年用の昇降口を使用するのでが、このときはゆっくりと靴をはきかえながら、リオの到着を待つ。
教室は別だし、近いわけでもない。
なのでここまで来てしまえば、昇降口で別れてもいいと思うのだが、リオ曰く「先輩かつ、ご主人様を教室までお送りし、見届けますのが、メイドかつ後輩の責務ですので」と返された。
つまり『おとなしく待ってろ』ということなのだろう。
だったらもう少し、後輩らしくふるまってほしいものだが、メイドとしては十二分にふるまってもらっているので、あまり口うるさくは言えない。
それに、『じゃあお前はどうなんだ』、なんて言われたら、俺もまだまだ家にふさわしい実力なんてついていないのだろうから。あと、盗撮写真つきつけられそう。あれ、いつ消してくれるんだか……。
「……はあ」
いけない。
ため息すると、よく母親に怒られたものだ。
元不良とか自称するくせに、占いとか信じてたり、やけに細かく運命とか、人生設計とか考える人だった。
ため息は幸福が逃げる、なんて言ってたんだ。
……母親のことを考えるのはやめよう。あんまり楽しい気持ちにはなれない。
目の前を横切っていく、どこの家のものかもわからない生徒たちを眺めることにした。
顔も名前も知らない生徒。しかし彼ら彼女らは俺を見てひそひそと話をしている。
今でこそ慣れたが、最初は本当に辛かった。田舎から都会に出てきて苦労しているという大学生が昔同じボロアパートに住んでいたが、なんとなくその時の気持ちが分かった気がしたものだ。
それもこれも今思えば、鬼炎家という家がひきよせる興味だとわかっているので、なんとか耐えらる気もする。まあ、気もするだけで、良い気はしないが。
「先輩」
遠くからリオが、タッタッタと小走りでかけてきた。
右手はカバンを持ち、左手で黒く長い髪を抑えるようにして走るものだから――スカートのすそが何度もひるがえっている。中身は見えないが、ぎりぎりのラインまでは見えてしまっていた。
さらに最近気が付いたことだが、リオは胸が大きいようだ。うちの母親が言っていたが、胸が大きいと走るときに大変らしい。揺れるからだ。ようするにリオも同じ気持ちなのかもしれない。
周りを歩く男子が、ちらちらとリオを見ている。
『お、おい』
『う、うむ』
『拙者、トイレいってくるでござる』
なんだか皆、精神が崩壊しているようだった。
以前も言った気がするが、この数千人を擁するマンモス高校には〈円卓の騎士〉という対生徒非公認ファンクラブというものが存在している。美しきものを愛でる会らしい。
リオもその円卓の騎士たちに守られている姫の一員なのだとか。
まあ、正直なところ、それほどまでにリオの容姿は美しいとは思う。まちがってもそんなことは言えないけども。
「先輩、お待たせしました。まいりましょうか」
「ああ……」
リオのが俺の前に立ち止まる。
太ももの前側にあてるようにして、両手でカバンを持ち直したころには、スカートのふわふわも落ち着き、物理の授業で出てきそうな動きをしていた胸も落ち着いている。
すると、今度は男子の視線がリオから俺に向けられるのを感じた。
『っち。今日も今日とて、あいつが憎たらしい……っ』
『リオちゃんに、なにしてんだろうなあ! だって、専属メイドだぜ!? 専属だから、24時間なんでもしていいってことじゃん!?』
『拙者、トイレいってくるでござる』
トイレは早く行ってこい。
「先輩? どうかしましたか」
「いや……まあ」
唐突に、リオに伝えようと思ってしまったのはなぜだろうか。
伝えるというのはようするに『スカートをおさえろ』とか『走ると、……あれだろ』とか、そういうことだ。
だが、そんなことを教えてもどうせ、どうにもならないか。いや、ならないどころか、脅されて終わりだよな。
でも、俺という人間は面倒くさい。
母曰く思ってしまったら顔にでるのが俺らしいから、伝えるだけ伝えよう。邪推されるほうがややこしそうだ。
「リオ」
「はい。どうなさいましたか」
「とりあえず……そうだな、スカートの長さ、なんだけどな」
「?」
「もうちょっと、あれだ」
「短くしろ、と」
「逆だ!」
「逆にはけ、と――しかしそれは、どういうプレイでしょうか」
「プレイじゃねえ。もう少し長くしろってことだ」
「ああ、お母様の昔の写真のように? なるほど、昭和のスケバンスタイルがお好みでしたか。くるぶしが隠れるくらいの」
「そのネタが分かる高校生はほぼいねーぞ」
言ってから思う。
……たしかに、そのネタがわかるような奴っているんだろうか。それこそそういう過去を歩んできた俺の母親がよっぱらったときに、写真を見せてくるとかしない限りは。
俺のいきなりの沈黙をどう思ったのか。
左右を見渡してから、リオは俺に若干、近寄ってきた。
時間が過ぎるにしたがって人通りも少なくなっていく。
「先輩? 長くするのは布が足りませんけど……短くなら、すぐできますよ? 手伝ってくだされば、いますぐでも、やっちゃいますけど。でも、そしたら色々みえちゃいますねえ? 皆さんに見られるわけにはいかないから、先輩、壁になってもらっても大丈夫ですか? あ、でも先輩は見てて、いいですからね?」
「だいじょばないから、黙れ」
やっぱりおかしいが、何がおかしいのかは分からない。
ただ、リオの絡み方が、まるでハメてくるように仕込んであるときと、かなり雑に思いのまま絡んでくるときがあると思うのだ。
大抵そういうときの話題というのは……母親、か?
いやどうだろうか。
それは早計な気もする。だって、俺はマザコンといわれようが死んだ母親の記憶が頭から離れないのだから。
その時だった。
目の端に、キラと何かが反射した気がした。
まるで鏡か何かに光が差し込むように。
「ん……? なんだ……?」
「なんたって先輩ですから。外側なら、見せてあげてもいいですよー? でも、わたしだって恥ずかしいので、まだ、それ以上は、だめですからね……?」
「よし、お前はそのまま妄想へ旅立っていろ。俺も旅立つ」
もう一度、光輝くなにか。
しかも一つじゃなかった。
窓の外にも見えたし、階段の上にも見えた――見つけた。なんと、光の正体はカメラのレンズだった。
なんとまあ、ぶっとい望遠レンズがこちらに向けられているらしい。そこに太陽光などが差し込んで、光ったというわけだ。
しかし、まさかとは思うがこれ……盗撮か?
「先輩……?」とリオが首をかしげる。
数が多い。向こうにも望遠レンズが見える。あからさまとまではいわないが、見つけようとすれば見つかる。いや、もしかすると昇降口から人が減ったから目立つのだろうか。盗撮犯も、まぎれきれなくなった頃合いか。
「おーい、先輩、へいきですかー? リオちゃんの可愛さにフリーズしちゃいましたかー?」
こいつマジで気が付いていないのだろうか。
いや、気がついてはいるけど、すでに相手にしていないのだろうか。
後者っぽいな。
だってさっきから、裏と表のキャラをうまく使い分けているが、一切の接触がない。まるで証拠を握られないように努めているようだ。
そこで気が付く。ああ、なるほど。これがあれか――円卓の騎士に目をつけられるということなのだろう、と。
円卓の騎士内でのグッズ作成。そこには必ず素材がいる。だが、本人の協力は一部を除いてないというから、こうやって隠れてやるしかないのだろう。ひどすぎる。
俺の表情に何かを見出したのか。
「ああ、先輩。”そっち”の思考ですか」
リオが俺の動きに理解を示した。
クールモードに一気に戻る。
「リオ」
「ええ、わかりました。盗撮のことですね」
「ああ、気が付いていたか」
「むしろ毎日されてましたよ?」
「え」
「ああ、先輩。先輩はやっと周囲の異変にお気づきになれるくらいの余裕が出てきたのですね。リオは嬉しく思います」
わざわざハンカチまでとりだして、涙をふくようなしぐさをして見せるリオ。
なんということだろうか。
こんな見え見えの盗撮にも気が付かないほどに俺は過緊張気味に学校に通っていたというのか。武道の先生に『視野が狭すぎる』って言われてたの、こういうことだったのかもしれない。
リオは小さく首を振った。
「この学園は、お金だけは持っているヒマ人、アホ、クソがきどもの集まりです。このように美しいわたしが盗撮されるのも仕方のないことなのです」
「お前の口も相当アレだが……」
「ですから、気にするだけ無駄ですよ。わたしは平気ですから」
「そうはいってもだな……」
「パンツは履いてますから」
「そこの心配はしてねえ」
「ですが、いつかリイチ様が、そういうプレイを望まれるとするのなら――」
「神に誓ってしねえから安心しろ」
それにしたってなあ……。
リオが平気でも、なんだか俺は嫌だ。まるで監視しているようで、あくびすら引っ込んでしまいそうだ。
「めんどくせえ性格だよなあ……」
「?」
俺は自分に問いかける。
リオが盗撮されるのは許せるか?――答えはノーである。
別に独占欲というわけではない。ただ、そういった隠れてする行為が、許せなくなっている。リオだから? わからないけど、嫌なものは嫌だ。
仕方がない。
俺は数を把握するよう努める。
バイクの回避でも気が付いたが、元々低くはなかった身体能力に、稽古の基礎がくわわって、自分でも成長できているのがわかる。……勉強の進捗が悪いだけに。
カメラのレンズは……1,2、3……は? 7!?
外ならまだしもここ、昇降口だぞ!?
朝から七人も、リオを盗撮してんのか!?
どれだけヒマなんだよ!?
リオが小さい声で、ささやいた。
「先輩? どうしたんですか? なんだか、鼻息あらいですけど……まさか、こんなところで興奮しちゃってるんですか?……あ、わかったあ、わたしが撮影されてるとき――」
リオがにやあ、と笑った。
「本当に、下着つけてるか、気になってるんでしょ?――答え合わせ、します? 手で確認するなら、いまここでもできるかもしれませんよ?」
俺は近づけてくるリオのおでこを平手で止めた。
「バカをいえ、バカメイドが。ちょっと待ってろ。ったく」
「わ、ちょ、ちょっと! 先輩どこに……」
俺の母親もたいがい下ネタが酷かった。その分、美人だったせいで、色々許されていた気もするし、定食屋とかいくといっつもおまけをもらっていたけど、時と場合によっては、犯罪だからな。こんどしっかり注意しなきゃいけない。
それにしても、俺は歩きはじめながら――困惑するリオを置き去りにしながら、本当にしょうもないことを考えてしまう。
まさかリオが、こんなにくだらない下ネタに走るのも、いろんな理由があってのことなんじゃないかって。
たとえばリオの小さな肩にどれだけのっているかも分からない、重圧みたいなものから逃げるための――考えすぎか。
――さて。
――その後の経緯についてだが。
そのあと俺は、一限目の授業ぎりぎりまで犯人を追いかけた。
捕まえたのは四人。三人は逃がしてしまった。
まだまだ鍛錬は必要なようだが、その四人には、『鬼炎家の怖さ(体験談)』をしっかりと、それっぽく伝えておいたので平気だろう。
二人は顔をひきつらせてうなずき、一人は泣いて詫びてきて、もう一人は失神していた。皆が一様に『円卓の騎士の依頼だから! そっちに言ってくれ!』と許しをこうてきた。
さすが鬼炎家。ずいぶんと恐れられているし、『責任をとらせてやる』的なシチュエーションになると、右に出るものはいないようだ。
というわけで、盗撮騒ぎはまだ続くだろうが、これを繰り返していけばなんとかなるだろう。
それにしても――俺は腐っても鬼炎家の血筋である。
当たり前のことだが、盗撮していた生徒の反応をみていたら、あらためて思ってしまった。今までなんて、新聞のバイトで集金をするときも、ガキだとバカにされていたが……家の威光というのは、こうもすごいモノだとは知らなかった。
「母さんが言ってたな、そういえば」
もしかすると母親が口癖でないまでも、たまに言っていた「バカとはさみと金持ちは使いよう」ってこういうことを言うのかもしれない。
◇
――で、最後の話。
――遅刻しそうなのでリオは俺の見送りをあきらめて、それぞれがそれぞれの教室に向かうことにしたときのこと。
リオは、木に登ったときに俺の頭についたのだろう葉っぱを、背伸びをして取り除き、下からジッと見つめてきた。
「な、なんだよ。文句ならあとにしてくれ。遅刻する」
「遅刻するのは、リオのせいではありません」
「たしかにそうだった……すまん」
「はぁ」
リオは嘆息したあと、言った。
「先輩……リイチ様って、けっこー、めんどくさい性格してますね。しってましたけど」
そして無表情のまま去っていった。なんか今、裏と表が合体していた気もするが、真相は不明だ。
俺は去っていくリオの背中に、「面倒くさいのはどっちだよ……」と声をかけたが返答はもちろん無かった。
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