第7話 朝食中に、からまれてます。
夜食は自室に運ばれるが、朝食は大きな食堂に用意されている。
文章にすると普通に見えるかもしれないが、少なくとも俺の家では食堂なんて名の付く部屋など存在しなかった。
俺が住むのは、六大名家の一つ、鬼の一族と呼ばれる『鬼炎家』本家である。
とはいえ、本家の敷地内の中でも、一番小さな洋館だ。
この土地には、直系の血を引いたものだけが住むことを許されており、それぞれに一つ住処が用意されている。鬼の住処といえども、基本は洋館である。
つまり一番小さいといっても、俺は洋館をまるごと一つ借り切って生活していることになる。
それだけで気が重くなるのだが、そのあたりの感覚には慣れなきゃいけないらしい、でないとこの先とてもじゃないがやっていけない――ということも、そういえばリオが諭すように教えてくれたんだっけ。
「リイチ様。お母さまのためにも、自分をしっかりとお持ちになって、負けないでください……」
なんて。
あの頃のリオは本当に聖女みたいだった……。
「お味はいかがですか?」
そんな元聖女、現悪魔のような『リオ』が、メイド服姿で給仕をしてくれている。
食堂には、小さな花柄のクリーム色の壁紙が貼ってある。
使用可能であろう本物の暖炉が設置されており、ドラマでしか見たことのないような、やたら長い机が置いてある。
席はざっと十以上。
そこで俺は、たった一人で食事をとっているというわけだ。
もちろん当たり前のように、傍らにはリオが直立しているわけだけど。
「お味って、そりゃあ木之下さんの料理だからな。おいしいよ」
「そうですか。それは安心しました」
「……?」
なにが言いたいんだろうか。まあいいけど。構っても逆効果になることが多いし。
お、この煮物、すげえうまい。
なにか隠し味が入ってるのかな。
いや違うな……なんか、母さんの作ってた煮物みたいな味がするのかも。
でも、母さんって変な味付けするからなぁ。再現できるとは思えないが……。
リオが今日の天気を口にするような軽さで言った。
「今日の朝食は、わたしが作ったのでお伺いしてみたのです」
「へえ……ん? え?」
俺は食事の手を止めて、リオを見た。
「これ、リオが作ったのか……?」
「はい」
無表情モードのリオは、なんでもないように頷くと、空になっていたグラスに水を注いでくれる。
俺は料理を見た。
白米、味噌汁、のり、煮物、漬物。
なんだか今日は、やけに庶民的だなと思ったのだが、そうか、これはリオの手作りなのか。
でも、どうしたことだろうか。
この味、やけに我が家の味に近いんだよな。
理由でも聞いてみるか……?
いや。
昨日までの流れを考える限り、何かが起きてもおかしくない。
毎朝のことだが、食堂には俺とリオしかいないのだ。
もちろんこの洋館には様々な使用人の方が働いており、その全てが基本的に俺のために動いてくれている。
一日でどれだけの金が掛かっているのか――震えていたら、リオが教えてくれた。
『家の維持は、もともとせねばなりません。それに家は人が住まねば空気がよどんで、いたみますから。むしろリイチ様が洋館の命を助けているようなものですよ』と。
あのときの優しいリオは……まあ、いるんだけどな。
ときおりおかしくなるだけで。
話はそれたが二人きりである。
なので、余計な展開になりうる。
「リイチ様? お手が止まっていますが」
「あ、ああ。いや、これ、おいしいよ」
「そうでしたか。おいしすぎて、手が止まったのですね」
クールモードが溶けかかってないか?
まあいい。
事実は事実として告げよう。
「確かに、すごいおいしいと思う」
「ありがとうございます」
「なんか隠し味とかあるのか?」
俺の質問に、リオは無表情のまま、口を開いた。
「母乳ですかね」
「誰の!? 誰のだよ!?」
まじで入ってたら怖いよ……。
リオは怪訝そうな表情すら浮かべずに、それでも怪訝そうに聞こえる口調で答えた。
「もちろん、牛のですが……?」
……こいつ。
「乳牛の乳は、母乳とはいわないだろうが。牛乳だろうが」
「ですが、母の乳は、母乳ではないのでしょうか。そして乳牛だってだれかの母の可能性があります」
「もういい、まじで、正論っぽくきこえるから、俺の負けだ」
「……ちょろーい」
「おい、いま、なんか言ったろ?」
「リイチ様、お水でございます」
「満タンだろうが! あ、おい、無理やりつごうとするな! 飲むから! 飲むから!」
……はあ、なんだっけ。
何を考えていたかすら、忘れてしまう。
リオはいつもはクール系メイドとして、本当によく尽くしてくれる。尽くしてくれるのだが、なにかのきっかけで、うざったいほど影からかまってくることがでてきた。
たった数日の間のことであるから、なにがきっかけになっているのかは分からないが……いや、理由なんてないのかもしれない。
だって俺は気が付いているのだ。
こいつは、今だって、俺が「おいしい」と褒めたあたりから、態度がおかしいのだ。
たしかに表情はクールのままだ。
だが、足元を見てみれば、右足で、左足のつま先をぎゅっと踏みつけている。こいつは自分への痛みで、笑いたがる精神を抑えているようだ。
「……おいしいって……ふふ……ふふふふ……」
怖い笑い方をしているが、気が付かないふりをしておこう。
何が起こるかわからないからな。
さあ、早いところ食事を終わらせて、登校の準備をしようじゃないか――。
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