某所 ポータル
某所
とある会社の物流倉庫。
その中の一つの扉が厳重に見張られていた。
扉に不審なところはない。一般的なスチール製で、特徴としてはドアノブの上部にディスプレイを搭載したテンキー式のロック機構があるくらいだ。
扉の周囲は防爆性の装甲で覆われ、5*5*5mの隔離スペースが出来ていた。
まるで扉の先から危険なものが噴出してくる可能性があるかのようだ。
この隔離スペースは気密室になっており、必要に応じて内部の空気をタンクに吸引してしまうこともできる。
また壁の内部に隠されているが、遠隔で使用可能な銃火器や鎮圧用ガスの噴霧装置も設置されている。
扉横の壁に取り付けられたロボットハンドが遠隔操作でテンキーを入力する。
テンキーは0~9と、それぞれの数字キーに割り振られたA~Zのアルファベット。殆ど一般的なキーロックだが、少し変わった点として0を挟んだ最下段の左には大文字小文字を切り替えるボタンが搭載されている。
ガラパゴス携帯のキー配列に似た配列だ。
ロボットハンドは6桁の英数字を入力する。やはり小文字と大文字は別として区別されているようだ。
その様子を監視カメラ越しに観察している人々がいる。
ロボットハンドの操作係が入力すべき文字列を間違っていないか、手元の端末で確認する。
これで何度目の試行だろうか。
ここにいる者の人生を全て捧げたとしても実験は終了しないだろう。
26文字のアルファベットの大文字と小文字で52文字。
数字は0~9の10種。
合わせて62文字あり、それを6桁入力するということは、合計で56,800,235,584通りの組み合わせがあるのだ。
仮に毎秒入力できるとしても1,800年以上という途方もない時間がかかる。
しかし、入力するだけで仕事は終わりではない。
キーの入力後、扉のノブを回す。
実はたいていの場合ロックは解除されず、ノブは回らない。
カギは掛かったままであり、扉の解放を拒否される。
暗証番号を間違えれば鍵が開かないのは極めて当然のことだが、ここまで厳重な施設と装備を使っている彼らが、ただ単に暗証番号を総当たりで調べているわけがない。
今回はノブが回り切り、扉が開いた。
ロボットハンドは腕を伸ばして扉の先へ入っていく。
先端部に取り付けられた各種センサーが扉の先の状況を分析していく。
同時にカメラが扉の先を映す。
倉庫の中の扉を開けたはずだが、扉の先には恐らく崩壊した建物内からの風景ではあるものの、崩れた壁から見える荒廃した街並みだった。
ロボットハンドのセンサーは微量の放射線と気温の低下を検知していた。
危急の問題は無いと判断され、回転翼で飛行する小型の無人偵察機が起動する。
偵察機はロボットハンドが押さえて開いたままになっている扉を通って、荒廃した街へ侵入する。
扉を映していたカメラではとらえきれなかった外部の状況が、偵察機から送られてくる。
偵察機が振り向くと、扉はどこかのビルの男子トイレ入り口につながっていたようだ。
建物内で障害物は多いものの、ゆっくりと機体をぶつけないように飛行し、窓からビルの外に出ることが出来た。
街では甚大な破壊がもたらされており、辛うじて姿を残しているのは鉄筋コンクリート製の建物のみで、その他の小さな建物は軒並み破壊されていた。
偵察機はローターの回転数を上げて上昇する。
見える範囲の全てが破壊されており、ちらほらと全壊を免れた鉄筋コンクリート造りの建物の残骸が見えるのみだ。
カメラからの映像を見ていた誰かが、ここも核兵器か、とつぶやく。
偵察機は南側に向かって進む。
遠景に残された建物が比較的多く見受けられたからだ。
この偵察機の操作可能範囲は数Km程度でしかないが、偵察機が装備し持参している中継器を途中に設置することで10Km程度は距離を延長できる。
核兵器の被害範囲から完全に出ることは出来ないだろうが、可能な限り探索をする。
街の破壊具合とセンサーが計測する放射線量から、核兵器の使用から相当な年月が経っていると見積もられ、破壊範囲外の生存者が見つかる可能性もあった。
途中で偵察機に装備された中継器を建物の残骸の天辺に設置する。
しばらくは何もめぼしいものはなかった。
徹底的な破壊がもたらされており、見るべきものが無かったのだ。
しかし、残された建物内からは幾つかの文書が発見された。
バッテリーの半分を使ったが、まだ操作可能範囲内だ。
放射能汚染をされたため、この偵察機は帰還させることはないので、バッテリーが切れるか操作範囲外に出るまで使い捨てることになっている。
だんだんと建物の残骸が増えてきた。
どうやら爆心地から遠ざかっているようだ。
比較的状態の良好そうなビルに近づいたところ、急にそのビルが動き出した。
偵察機のオペレーターは一瞬驚きつつも冷静に操作し、ビルから機体を離した。
ビルに見えるが何かの生物が擬態しているようで、壁面が割れたかと思うと中から生物的な触腕のようなものが伸びてきた。
この偵察機には自衛用に一門の7.62mm機関銃が装備され、60発の装弾数を持つ。
本格的な戦闘はできないが、小集団と渡り合うことは十分可能だ。
初弾を装填し、銃口を謎の生物に向ける。
「甲02(マルニ)と遭遇。発砲許可を申請」
オペレーターが上官に報告する。
ビルに擬態した生物は触腕から糸状の粘液を吹き出しながら近づいてくる。
偵察機は回避行動を取る。
この異常な光景に対しても、オペレーターを初め、観察室にいる人々に慌てた様子はない。
オペレーターの申請に対して、同じ室内にいる白髪交じりの坊主頭の男が、発砲を許可する短く答えた。
偵察機は距離を離しつつ射撃を開始する。
数秒間の連射により、十数発の7.62mm弾が敵生物の表皮に食い込む。
しかし目立った効果は認められない。
偵察機の速度性能上、やがて生物に追いつかれるのは明白だ。
オペレーターはビルに擬態している表皮の割れ目、つまり関節や開口部に照準を合わせて発砲する。
表皮の殆どは鉄筋コンクリートと同等の強度だが、内部の組織はそれほど固くはないようだ。
目に見えて移動速度が下がった隙に、偵察機は一気に高度を上げた。
しかし敵生物の触腕から粘液が噴出され、上昇中に偵察機のローターに絡まってしまう。
回転力によりすぐに粘液を引きちぎるが、飛行は乱れ上昇速度は鈍った。
激しく左右に揺れる映像だが、遠方から近づいてくる同種の生物の影を複数捉えていた。
オペレーターは舌打ちしつつも射撃を再開。
敵生物に着弾するが、再度粘液をより大量に吹きかけられた。
完全にコントロールを失った偵察機は真っ逆さまに地上へ落下していく。
オペレーターの操作は未だ可能なものの、ローターはもはや回転できず、機銃を動かして姿勢を変える程度のことしかできなかった。
敵生物の触腕が機体を持ち上げた。
そして身体のひときわ大きな割れ目ーおそらくは口の中ーに偵察機を押し込む。
完全に飲み込まれ映像が途切れる直前、口内に人の顔に似た影が映っていた。
偵察機との接続が完全に途絶えた段階で扉が締められた。
状況終了の号令がかかり、隔離スペース内の浄化が開始された。
彼らは準備を整え、再度次に予定されている暗証番号を入力して実験を再開するだろう。
彼らにとってはありふれた業務であり、今目にした異常な現象に特段の衝撃も感動も覚えていない。
ある者は報告書をまとめ、ある者は片付けに加わり、ある者は次の実験の準備をする。
ありふれた仕事が終わっただけであり、むしろ被害が少なかったことに安堵しているようだ。
彼らは件の扉がある倉庫に隣接した建物の地下にいた。
普通のオフィスに偽装しているが、扉を覆う隔離スペースと同様に装甲板で補強され、地下区画は地上建物より広く強固に防護されている。
ありふれた会社に偽装されたここは、異世界へとつながる扉の実験施設であり、国が秘密裏に結成した組織によって運営されていた。
彼らにとっては異世界と繋がるのは日常的な業務の一環であり、死者も出なければカバーストーリーが必要になるような被害もなかった今日は比較的楽な日だったといえる。
報告書抜粋
【実験番号:KSK-0125】
都市の破壊具合および放射線が検知されたことから、核兵器の使用がされたものはほぼ間違いない。
大気中に存在する放射線の濃度から推察するに5-10年ほど前に使用されたものとみられ、生存者がいた場合は屋外での活動もある程度は可能とみられる。
ただし、今回の実験においては生存者の痕跡は認められず。
甲02系統の生物と接触し、交戦したものの偵察機はロスト。
ロスト直前に複数の敵影を映像に捉えており、数キロ圏内に一定数の甲02が存在しており、核兵器の効果は限定的だったとみられる。
これまでの開通実験によって繋がった世界の中でも比較的多い現象と同様の事態に陥った世界と判断。
実験番号:KSK-0125については終了。今後の追加実験は実施しない。
【拾得物】
①製作者不明の新聞紙のスクラップ帳
「高層マンションだったと思われる廃墟から回収」
(抜粋)化物の出現から半年。軍の果敢な攻撃にもかかわらず被制圧地域は拡大の一途をたどっています。この現象は世界各地で発生しており、各国指導部が情報を共有し討伐作戦に臨んでいますが、今だ効果は認められていません。すでに通信が途絶した国も複数あり、近隣各国は化け物の封じ込めに苦戦を強いられています。
②日記帳
「高層マンションだったと思われる廃墟から回収」
(抜粋)あの生き物は神様からの使いに違いない。我々人間が作り出した不浄の物をその身に取り込み、纏い、すべてをリセットするために我々の世界にやって来たんだ。
この世を自分の都合の良いように改変してきた私たちは神に罰せられる。神の使いに見初められることでこそ神々に受け入れられるのだ。私の妻と娘は既に神の国に旅立った。私もすぐ行こう。
③印刷されたメール画面
「オフィスビルと思われる廃墟から回収」
※メール本文は我々の世界に存在しない文字で書かれている。現在解析が進められている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます