秋:それは箱でやってくる
「家に届いた大量の魚」と聞いたらどのくらいの量を想像するだろうか。
新巻鮭まるごと、サバが十匹、発泡スチロール箱にぎっしりのイワシ?
私が見た最大量は、トロ箱(魚を入れて輸送するための魚箱)四段のホッケである。
祖父のバイクでは運べなかったのか、漁協のトラックで運ばれてきて土間に置かれていった。
事前に聞かされていたわけでは無いが、仕事が来たら、やるしかない。祖父母の家はそういう場所だ。
台所のシンクはもちろん、床に置いたタライの上にまな板を渡して使い、土間もシートを敷いて作業場となる。さながら家は加工場のような様相になった。
この時小学四年生だった私も「一匹さばいてみろ」と言われ、一応の合格をもらい、ホッケ解体人員にカウントされた。
ホッケといえば、居酒屋で出てくる干物のイメージが強いだろうか。
生のホッケは、油が乗っていて、身はふっくらしていて、あまり骨はうるさくない。そんな白身魚である。
トロ箱に入っていたホッケたちは、比較的小ぶりなものらしく「一箱に四十匹も入っている!」と母が悲鳴をあげていた記憶がある。
つまり、四十かける四箱、百六十匹のホッケを延々とさばくのだ。恨めしい魚の目が、夢に出るレベルである。
まずはおなじみ、ホッケの一夜干し。
冷凍保管が基本なので、少スペース化のため頭は落として二枚におろし、塩水にくぐらせて庭に干す。
あとは海から吹きつける潮風が、美味しい干物にしてくれるのだ。
次に、三枚おろしにしたホッケをさらに三等分して、酒と醤油とショウガのタレに浸す。
軽くペーパーで拭いて冷凍しておけば、片栗粉をつけて油で揚げるだけでホッケの竜田揚げができる。
この二種は、サクサクと仕事が進む。
時間がかかるのは「かまぼこ」の制作だった。
三枚におろしたホッケから皮をひき、骨をとりのぞいた後、包丁で細かくたたく。
叩いた身をすり鉢に移して、なめらかになるまでひたすらにすり続ける。
ここにみじん切りにした人参と玉ねぎを加え、卵と塩少々を入れ、ひとまとまりになるまで加減しながら片栗粉を混ぜていく。
ちなみに全てが目分量で行われるため、野菜が多すぎるだの塩が少ないだの、モメるところまでが恒例行事だ。
あとはこれを一口サイズにちぎりながら油で揚げていけば、「ほっけのすりみかまぼこ」の完成だ。
ほどよい弾力があり、滋味深くてとてもおいしい。
ただ、非常に手間がかかり、朝からはじめたホッケ作業の終わりが、夕飯用のかまぼこ揚げで終るなんてことはザラだった。
食卓テーブルの上いっぱいに広げられて、冷めたものから順次袋詰めして冷凍されていくかまぼこ。
この家には普通の冷蔵庫以外に、二百リットルの冷凍ストッカーと、三段引き出しの冷凍庫があった。
それが加工されたホッケでパンパンになっていく。
村の商店の品ぞろえは十分とはいえず、きっと祖父母は私が町に帰った後も延々とこの貯蔵品を食べ続けるのだろう。
小さい頃の私は、純粋にそう考えていた。
しかし、少し大きくなってから疑問に思った。
この老夫婦は、百六十匹のホッケを、本当にふたりで消費しているのだろうか。
何故そう思ったかと言えば、夏休みの長期滞在中に、春にビン詰めしたはずの山菜が一度も食卓にのぼらなかったからである。豆と……あとは豆しか食べていない!
正月に作るお煮しめの具材としてフキとタケノコが入るのは確かだが、それ以外、いつあの大量の山菜を調理しているのだろう。
その答えは、ふと立ち寄った親戚の帰りぎわに分かった。
「これ、持ってって」
「やだ悪いよぉ、ササダケなんか最近買ったら高いんだから」
「いいのいいの。田舎じゃ持たせる土産も売ってないんだから。あとこれホッケ、粉つけて揚げたらすぐ食べられるからクーラーボックスに入れていきな」
大変気前よく、配っていたのである。
それだけではない。お歳暮の品を箱詰めする時にも、こっちにはフキ、こっちの冷凍品にはホッケの一夜干しと、まるで
山ほどビン詰めした山菜と魚は、ほとんど祖父母の口には入らず、各地へ配送されていたのである。
その結果、各地からは季節ごとに返礼品が続々と贈られてくる。
年号が平成となっても、祖父母の暮らしの根幹には物々交換があったのだ。
正月が近くなると、床の間に銘酒がずらりとラベルを並べる様は圧巻だったし、わかってる親戚はちゃんとママレモンを贈ってくれていた。
祖母の炊いた白米は最高に美味しい、と思っていたら、米農家から精米したてのブランド米が定期的に送られてくるから、というカラクリだった。
ただ親戚が北海道から東北近辺に集中していることで、避けられない事態もある。
「月子ちゃん、リンゴ食べなさい」
朝昼晩毎食ごと、三時のオヤツ、果ては風呂上りの飲み物代わりに、祖母がリンゴをすすめてくる。
余市の、青森の、秋田の、立派でつやつやなリンゴだ。どれも化粧箱で贈られてくる一級品。物置部屋にもう五箱も積まれている。
そして今度は延々と、リンゴを食べる生活がはじまるのだった。
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