春:ササダケとフキ
あなたの思い浮かべる、タケノコの旬は何月だろうか。
私の育った地域では、五月のゴールデンウィークを過ぎてからがタケノコ狩りの本番だった。
北海道の春はいっせいに始まる。梅と桜が同時に咲いて、フキもタケノコも一緒にとれる。
雪の下から一気に溢れるように芽吹く緑が、祖父母の採取魂に火をつけたら、山菜とりのはじまりだ。
メインターゲットは、フキとササダケ。
小学一年生くらいになればもう一人前扱いで、祖父がギラギラに研いだ果物ナイフを片手に、野山にわけいっていた。
フキはそこら中に生えているが、手あたり次第採れば良いというものではない。
我が家では、一本のフキの根から生えている茎のうち、中央の太いものを「
さらに、フキは茎を切ると断面が赤く見える「赤ブキ」と、真っ青なままの「青ブキ」がある。
子どもハンターが狙うのは、「外ブキ」かつ「青ブキ」だ。
その二つの要件を兼ね備えたフキは、食べた時に香りが良く、シャワシャワとした歯触りが格別であること。そのフキは小川の斜面にしか生えないことを、
もちろんこれは生まれながらにチートスキル【採取の才能】などを授かっていたわけではなく、それまで母や祖母のうしろにくっついて歩いて、袋にフキをしまうお手伝いなんかをするうちに、覚えたことだ。
スローライフの早期英才教育を受けていた、とも言えるかもしれない。
次にタケノコ。
北海道で採れるのは、ササダケという細いタケノコだ。
五月の初旬の頃に手に入るのは、中指くらいのサイズの、ごく小さなタケノコだ。
毎年最初は「どこにもない!」と思うタケノコが、一本見つけると次が見つかり、三本取ると、もう三本新しく笹薮の奥に見えるようになる。
「オイデ、オイデ……コッチだよ……」誘われるように、笹薮の奥へ奥へ……。
気付けば一緒に採っていたはずの母の姿を見失っていて、何度も慌てて探したから、毎年山菜取りで遭難者が出るのがよくわかる。
山菜採りを
一時間で採取したフキとタケノコをビン詰めに加工するには、三時間は余裕でかかる。
これを「山菜取りの始末、三倍の法則」と呼ぶ。
祖父の家には八畳ほどの土間があった。
そこにゴザを敷いて、各々が収穫した山菜を置く。子どもハンターの収穫なんか微々たるもので、十キロの米袋にパンパンに詰まったフキやタケノコを母も叔母もドヤ顔で出していく。
あの小山を思い出すと、今でもなんだか急に肩が凝る。
台所で山菜の下茹でが始まるが、全然追いつかないので、土間でもプロパンガスのボンベに鋳物コンロを接続し、炊き出し用かというような巨大鍋に湯を沸かし、フキをドサッと投入する。
まだ朝晩はストーブが手放せないような家が、一気にミストサウナ(山菜味)状態になる。
茹で上がった山菜がザルに盛られて出てくると、あとはもう延々と、それらの皮をむく作業だ。
「誰よこんな細いのとってきたの!」
毎年誰かが怒る。細いフキの薄い皮は本当に面倒だ。
子どもの仕事は主に、ササダケの皮むきだった。包丁が上手に扱えるようになるまでは、大人が穂先から斜めに包丁を入れてくれる。
タケノコのフシにそって、くるくると綺麗に薄皮が残らないように皮をむいていくと、ササダケの穂先はシャープペンの芯のように細くなる。
完璧に仕上がったタケノコを見るのが好きだった。
大人たちが作業の合間にかわす世間話を聞いているのも楽しかった。
よく会話にでてくる「木から降りられなくなったタケオちゃん」「一人で風呂に入れないと泣いたタケオちゃん」と、葬式で初めて顔を合わせた時、オジサンを通り越しておじいさんだったことに衝撃をうけた。私の中では、坊ちゃん刈りのおちびちゃんだったからだ。
「ねぇ、誰よこんなんとってきたの!」
後半になってくると、もう一度誰かがそう言う。
作業をしているフリをして、父がすみっこで居眠りをしている。絶妙な角度で誰にもバレていない。
子どもでも背中が凝るような、あの延々とした仕事の終わりは、大小さまざまなビンに山菜を詰め込んで塩漬けにすることで終る。
二十は軽く超えるこの大量の山菜を、老夫婦がどう消費するかは、後の季節に譲りたい。
私が収穫した「外ブキ」の「青ブキ」は翌朝のフキのおひたしになり、小さなササダケはワカメと一緒に味噌汁になる。
「月子ちゃんのとったフキが、一番おいしい。いっぱいお手伝いしてくれたもんねぇ」
香り高い山菜の味は、褒められた記憶と一緒に、いつまでも私の中で特別なままだ。
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