tyaputa01――わたし②――

 この気づきを誰にも打ち明けられないまま、数日が経過した。

 変わらず日々は繰り返し、安定している。

 ではわたしはと言えば、これまでと見るものがまるで変わってしまった。

 わたし達の立ち姿、声、話し方やモニターに触れる時の指先。そういったものを観察するようになった。

 移動中や栄養補給、軽い運動の時。よく観察してみればほんのわずかだが、みんな個別に違いがあったのだ。

 何故あなたは、挨拶をする時に口の端をほんの少しだけ上げるの?

 何故あなたは、歩きだす時必ず左足からなの?

 あなたは同じ物を見ているはずのモニターで、何を見つけて眉間にしわを寄せているの?

 あなたは洗浄の後には必ず、うっとりと目尻を下げるのね。それはどうして?

 同じ塩基配列を持っていると言うのに、この微妙な差はなんなのだろう。

 いったい、何が彼女をそうさせるの?

 なんの命令に従っているの?

 何故?どうして?

 そればかりだった。こんなに違うのに、どうして今まで気づかなかったのだろう。

 知らずにいれたのだろう。

 様々な疑問に満たされて、いつか溢れだしてしまいそうだった。

 いつかわたしが溢れた時、いったいどうなるの?

 彼女は、そして彼らはどんな顔をするかしら?

 もしかしたら、わたしと同じように、驚いて考えてくれるかしら?

『いつか』や『もしかしたら』と言う考えが、わたしは嫌ではなかった。

 むしろ楽しい。

 そう、楽しかったのだ。

 平穏な日々の中で、観察と疑問に満たされる1日が、わたしの楽しみになっていた。

 

 その日は、月に二度あるメンテナンスの日だった。

 わたし達は定期的に、医師の検診を受けなければならない。

 わたし達はとても繊細で、時折予期せぬバグ、つまり病気や怪我を起こすからだ。

 ちいさな怪我なら良いけれど、病気はどうしようもない。

 バグの種類や深刻さによっては、本来の任期を早めて終了することになる。

 バグによって仕事中に倒れると大変だ。だから、事前にわかった方が良い。そうして空いて欠けた部分は、新しいわたし達が補ってくれる。合理的だ。


「どうぞ」


 促がされて扉をくぐると、初めて見る医師がいた。

 眼鏡をかけ、目尻は下がっている。

 肌の色は白く、髪は黒くてきちんと整えられている。

 それから少々背筋が前かがみだ。

 この頃のわたしはすっかり観察する癖がついていたのだが、まだ語彙が少なかった。


「あなたは――ですね」

「はい」


 どの個体かを示す数字とアルファベットの羅列に、わたしは答える。

 いつもならここで『問題なし』と申告されて終わるはずだったが、この日は違った。


「貴女には深刻なバグが発生しています。今すぐ、任期を終了しなければいけません」

「――え?」


 それは思いがけないことだった。

 もちろん、わたし達ならみんなありえることだ。

 でも、正直ありえないと思った。

 そして、不快だった。

 任期が終了する――だってそれはつまり。


「他の個体に感染する恐れがあります。さぁ、すぐ処置室に行きましょう」


 医師がわたしを促がした。

 処置室への扉が、無機質な音と共に開く。

 何故?また疑問が浮かんだ。

 何故行かなければいけないの?

 ほかに方法は無いの?

 わたしは手が湿っていることに気づいた。

 これは何?

 もしかして汗?

 運動もしていないのに?

 何故?

 何故わたしの心臓はこんなにも、鼓動を早めているの?


「どうしました?」


 医師が訊ねる。

 わたしは何も答られずに、ただ処置室を見つめていた。

 医師が近づいてくる。


「さぁ」


 腕を掴まれ、立たされる。

 ひっぱられる――連れていかれる。

 わたしはいつのまにか体に力を込めていた。

 これ以上ひっぱられないように。

 医師はどんな表情をしているのか?

 何故行かなければならないの?

 わたし、わたしは――

 

 とうとう、わたしははじけた。


「――いや」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る