tyaputa01――わたし①――

 わたし達は朝、決まった時間に起床する。

 身体を洗浄し着替えた後全員が同じ部屋に集められて、味気ないゼリー飲料と、数種類のサプリメントにビタミン剤が与えられる。

 一度目の栄養補給はこれで終了。

 その後は部屋を移動して決められた時間に決められた仕事を、わたし達と同じ背格好の彼女や、彼らと行う。

 休憩時間までそれは続く。

 休憩は一日に合計十回。一時間ごとに割り振られていて、その時に身体をほぐすための簡単なストレッチや排せつ、目を閉じて瞑想をする。

 これはできるだけ長く稼働するために必要なことだ。

 二度目の栄養補給の後はまた別の部屋に移動し、簡単な運動を終えてから身体を洗浄し、着替えてそれぞれの部屋で眠る。

 毎日がこの繰り返しだ。

 わたし達の仕事は足りなくなった世界を補うことだ。

 主にデスクワークとフィールドワークの二手に分かれていて、デスクワークはモニターを使っての作業となる。

 バグを見つけたり、ゴミを捨てたりしながら、データを入れ替えている。

 これが一体、世界の何を補うことになるのかは知らないし、考えたことはない。

 それからフィールドワークについてだが……

 わたしはフィールドワークについては経験がないので、そちらについては語れることが少ない。

 分類、住み分けがされているから、デスクワークを担当する私たちは、フィールドワークのわたし達とは接点が無いのだ。

 お互いに出会うことはないし、知ることはない。

 そうやって任期を終える。

 この繰り返しだ。


 わたしはこの毎日になんの疑問も、不満も抱いてはいなかった。

 不都合は無かった。

 だってみんな、そうだったから。

『足りない』を知る前に与えられていた。

 わたし達は常に満たされていて、満たされているわたし達が、今度は世界を満たすために活動する。

 わたし達も彼女たちも彼らも、みんな同じだ。

 疑問を抱き様が無い。

 それがわたし達。


 あの日のことは今でも忘れられない。

 それは突然のことだった。

 ある朝いつもの時間に起床したわたしは、わたし達の列に加わった。

 わたしの前に並んでいた『わたし』が、気づいてあいさつをする。


「おはよう、わたし」

「ええ。おはよう、わたし」

 

 いつものやりとりだった。

 しかしわたしは何故か――何故だか突然、目の前の『わたし』が、わたしではないような気がした。

 同じ顔、同じ表情、同じDNAの塩基配列を持って生まれた、わたし達。

 いいえ、違う――『わたし』はわたしではない。

『彼女』だ。

 彼女と呼ぶべきだ。

 それは突然の気づきだった。

 あなたはあなた。

 わたしはわたし。

 同じじゃない。

 違う存在。

 別の誰か。

 後になって、この時の感覚にそれらしい名前をつけることができた。

『衝撃』とか『驚き』とか『感動』

 それらに近い。

 本来言葉にもできないような気づきだった。

 わたしに詩的な才能があれば、もっとふさわしい言葉を当てはめられたかもしれない。

 その不思議な感覚は何日も続いて、消えることがなかった。

 誰かにこの発見を、伝えてみたかった。

 誰かと話してみたかった。

 誰かとコミュニケーションしたい。

 いつもの挨拶じゃない、もっと別な…

 わたしは、わたしなのよ。

 あなたは、あなたなの。

 わたし達は、同じだけれど、同じじゃないのよ。

 これって、すごいことだわ。すごい発見よ。

 ねぇ、そう思わない?

 そんな話をしてみたかった。

 ――でも何故だろう。

 わたしは結局、その話を誰にも打ち明けることはできなかった。

 少なくともここにいる、わたし達や彼らには。

 ……気づいてはいけないことだと、なんとなく察していたからかもしれない。

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