第10話:そしてノスタルジア
「一つだけ謝らせてください。実は私が宇宙飛行士になろうと決めたのはイリアと結婚するためだったんです。騙すつもりではなかったのです。子供の頃、約束したのです。宇宙飛行士になったら結婚しようって。一緒に月で暮らそうって。世界一の幸せ者には出来ないけれど、その1/6くらいなら出来るから、一緒に月に行こうって。でも、私がまごまごしているうちに彼女の方が仕事の関係で先に月へいってしまって。私は一体何をやっているんだろうって、地上での仕事放り出して、とにかく居ても立ってもいられなくて、そんな時に先輩と出合ったんです。」
彼は話しつづけた。地球訛りだ。
「先輩の求人条件には全然当てはまらなかったけれど、これが何かの縁でもあり最後のチャンスだと思って……。」
「でもなぁ、お前、仕事と結婚は関係ないだろう。一言『結婚しよう』って言えば……」とそこまでいって他人事ではない自分に気が付き、ことばに詰まった。コイツも僕も同じなんだ。結局、誰かのためとかそういうのではなく、自分の中でどうしても折り合いをつけるというか、やっておかなければならないことがあることは僕もマーカスも同じだったのだろう。他人からみれば、いや、自分自身でも理不尽で不合理に思えるようなことでも。僕もコイツも似た物同士で不器用なのだ。
「なるほどね…」僕は、それ以上ことばを僕は見つけられなかった。
「いつ解かりました?」
「いつっていうなら、採用時だけど、確信したのはイリアに会ってからだね。」
「採用の時から?」
「冷静に考えてごらん? 月生まれの月育ちなら地球で育つよりも重力が1/6なんだからもっと身長があるはずだし、最初は宇宙環境病の予防のために加圧保育を受けてきたのかとも思ったけれど、それならもっと筋肉質な体格になってるだろ?」
「……。」
「それにあの地球なまりだし。もしかしたらって思ってね。でもメリットが無いから考えすぎだと思ってた。そんな事すっかり忘れていたからお前が『地球が懐かしい』なんていうのを聞いて考え込んじゃったよ。」
「イリアに会ってからというのは?」
「あー、それはもっと簡単だろ? イリアは東京生まれの東京育ち。地球に来たことのない生粋のルナリオンが12歳の時にイリアのキスを奪えるはずないだろ。」
「で、おまえはイリアを世界で1/6くらいには幸せに出来たのか?」
「わかりません」とマーカスは鼻をすすりながらぎこちない笑顔で言った。
「でも、彼女は私を世界一の幸せ者にしてくれました。」
やれやれ、ほんとうにやれやれだ。
「一つ聞いていいか?」
「はい。」
「おれたちゃ今でも最高のパートナーだよな?」
「もちろんです。」
マーカスの目には涙が滲んでいたが、気付かないふりをした。
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