第8話:好きだというだけ

「どう? ニュートリノ通信は? クリアでしょ! さすがニュートってところよね」イリアは嬉しそうに言った。

 マーカスはベッドの横でりんごの皮を剥きながら僕らの話を聞いている。僕はニュートリノアクセスの許可を取ってくれたことに感謝しながらも、やはり民間人が軍の通信システムを使っても良かったのか尋ねた。

「いいの、いいの。ニュートリノ通信そのものはすでに既存技術だし、実際民間企業も中継地点を立て始めているんだから。半年もしたらどこも宣伝しだすわよ。これからの最先端はフォトンね。詳しくはいえないけれど、これが実用化されれば宇宙探索の可能性が広がるわ。」

 またイリアの長話しが始まったらしい。僕はマーカスに、先にラウンジにいるから、と合図を送ってそそくさと出ていった。


「解かっちゃいましたけど、言わない方がいいですよね。」

 マーカスはフォークとナイフで器用にスパゲッティを食べながら何ともない風に言った。ラウンジで食事をしながら一緒に考えようかと思っていたが、問題を見てから2分もしないうちに、クスッと笑った。

「本当に?」

「だって、なぞなぞですもの。試験問題ではないのですから。」

 やれやれ、僕の頭も固くなったものだ。何にしても必ず意味があるに違いない。ファイルとして完結したものをあの場ですぐに送ってきたのだから、いつか僕に送ろうとあらかじめ用意してあったものだろう。わざわざ用意するくらいだから、そこにはなぞなぞ以上の謎が隠されているはずだと、硬く考えるから解からないのかもしれない。

 僕は久しぶりに本物のスパゲッティミートソースをフォークとスプーンで食べながら考えたが、結局食後のコーヒーを飲み終わるまで勝手な連想が頭の中に浮かんでは消えていっただけだった。せっかくの食事の味をほとんど覚えていなかったのは少しもったいなかったと思うけれど、それでも何とかこのなぞなぞを解きたかった。

 永遠と結末との始まり……。 時間と空間との終わり……。


「ちょっとだけヒント、教えて。でも答えはいうなよ。」

「わかってます。ではですねぇ。先輩、学生の頃スペリングテストが苦手ではありませんでしたか? それがヒントです」

「スペリングかぁ、大っ嫌いだったなぁ。読み間違えしていたかなぁ。」

 僕はなぞなぞの文をスペルチェックにかけた。手元のパッドはastronauteをミススペリングとしてはじき出した。最後に本来ないはずの”e”がついているからだ。ミススペリングなるほど、これがヒントか。

 人差し指でこめかみをたたきながら、僕がその意味を考えていると、マーカスは少しためらいながらいきなりなことを言った。

「先輩はエツコさんのことが好きなんでしょう?」

「はぁ? え、いや、何で今そんな話? てか、どうして……。」

「ならクイズよりもメッセージに答えるべきではないかと思います。差し出がましいことをいうようですけど。」

 いつになく真剣なマーカスの眼差しに、僕は思わずたじろいでしまった。エツコの前でも、そして今はマーカスの前でも、僕はどんどん自信のない一人の男になってしまう。

「そんな顔をしないで下さい。自信を持って自分の気持ちを伝えればいいだけです。」

「いや、確かにこういう分野はお前のほうがセンパイだけどな、ちょっと待ってくれ。物事には順序というものが……。」

「99%煮詰まっていますよ。お互いに求め合っているのに……。」

「うるさいな! 僕の人生なんだからいいじゃないか。」

「先輩だけの人生じゃありませんよ。エツコさんと先輩の二人の人生でしょう。」

「いいかげんにしろよ! 俺達の何を知っているってんだよ!」

 周りの客がこちらを見た。マーカスは申し訳ない顔をしながらも、やはり譲ろうとはしなかった。

「本当に大切なものが何か知っているはずですよ……。」

 何を、なにを苛立っているんだオレは! 何なんだよ、この惨めな気持ちは!

 僕は食器も片付けずにラウンジから出ると早足でその場から離れた。誰もいないところに行きたかった。

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