第5話:ルナベース

 積荷を下ろす間、始終僕は不機嫌だった。マーカスはそわそわと落ち着きなく作業を進めると、何度も時計を見ながら加圧作業に取り掛かった。

「マーカスさんよ。何度も時計を見ているようだが……、そいつはグリニッジ時刻に合わせてあるんじゃなかったのかい?」僕は前方を見ながらぶっきらぼうに言った。

「いえ、大丈夫です。出航前から月に合わせてありますから」

「ふ~ん。じゃあ、始めからわかっていたんだ、メールのことも。ま、オレの知らないところであんたが何をしようとかまわないけれどな……。」

「……。」

 今日はやけに絡むな、と自分でも思った。そしてそんな自分にも腹を立てていた。

 加圧調整が終了するや否や、物腰の割には目つきの鋭い人物が出迎えに来た。

「わたくし、宇宙軍三佐グラニコスと申します。マーカス様ですね。中尉が、いえ、奥様が三区の病院でお待ちしております」

「案内してくれ」とマーカス。

「はっ」

 マーカスは、まるであたりまえのようにモトローラーに乗り込むと、先輩はどうしますか? とぬかしやがった。僕は内心動揺していた。日ごろのマーカスからは想像もできないような態度だ。

「一緒に来てくださいとお願いするなら付いて行ってやらなくもない。こちらも忙しいからな。」

「ええ、お願いします。本当言うと是非来て欲しかったのです。」

 少しばかり虚勢を張って、面倒くせーなという顔をしながら軍の用意したモトローラに乱暴に乗り込んだ。一体こいつは何者なんだ?


 フロスウェイを走っているうちに、少しばかり落ち着いてきた。もういい。こうなったら、こいつの威を借りて軍の連中をあごで使ってやる。

「あー、君、二人で話がしたいんだが……。」と僕は運転手にぶっきらぼうに言った。

「かしこまりました。」

 運転席と客席が防音ガラスで仕切られると、まるで耳の中にやわらかいゴムが詰まったかのように不自然な静けさが僕たちを包み込んだ。

「まずお前に聞きたいことが二つある。一つは何で軍相手に顔が利くんだ? もう一つは『奥様』ってだれだ?」

 一連のやり取りでもうすでに答えがわかりかけていることをあえて聞いてみた。

「あの、怒りませんか?」

「なにを?」と僕はぶっきらぼうに答えた。

「いえ、なんでもないです。奥様というのは私の妻です。去年結婚しました。軍でニュートリノ通信を受け持っています。妻の父が軍の上層部の人間でして、私の父と親友です。妻とは幼馴染みです。」

 なるほど。「例の拾い物の件」にしても「説得」程度で自由が得られたのはそのおかげなのかもしれない。僕は知らないところでマーカスのお世話になっていたことに今ごろ気が付いた。

「オレに黙っていたのはオレが軍嫌いだからか?」

「それもありますが、婚約した翌日に例の機雷を回収してしまって……、言いそびれてしまいました。」

「機雷のようなもの、だ」と僕は吹き出して言った。まさかマーカスが所帯持ちだったとはね。

「んで、名前は?」

「イリアです。あの、名前で思い出しましたが……、今度生まれてくる子供の名前に先輩に名付け親になって欲しいのですが、よろしいでしょうか?」

「はぁ?」

 その一言で全てがわかった。あのメールはそれだったのか。まあ、良い知らせといえば良い知らせか。

「は~ん。そういうことか。はいはい。めでたい、めでたい。」

「ありがとうございます」と嬉しそうなマーカス。機雷のようなものを拾った過去をも楽しく思えてきた今は、やはり幸せなのだろうか。

 そして決まって訪れるノスタルジア。


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