第4話:不愉快な食事

「そうそう、お前宛にメールが届いていたぜ。何でも軍関係者の結構な資産家からだ。プライマリコールで送られてくるあたりなんかやばい話かもしれないぜ。お前またなんかやったのか?」

 僕はマーカスのデバイスにメールを転送すると、彼はメールを何度も読み返した。話し掛けても返事すらしない。この状態になったマーカスは手におえない。僕にできることは、何事が起こったのか説明してもらうまで退屈な時間を過ごすことだけだった。

 軍関係者からプライマリコールを受けるなんてずいぶん昔のことだ。その時は結構やばかった。軍が秘密裏に開発していた宇宙協定違反の宇宙機雷のようなものが一個行方不明になっていた……らしい。僕たちはそれを知らずに回収してしまった……らしいことが事件の発端だ。その後、軍の関係者たちの高圧的な「説得」により何も拾わなかったことになった……らしい。身柄の自由が約束されるまでに何枚もの書類にサインをしつづけなければいけなかった……らしい。

 僕は昔から軍関係者が大っ嫌いだった。せっかくつまらないことを忘れていたのに、また軍関係者からのメールが届くとは。

 僕は何だか腹が立って、飲みかけの宇宙食パックを放り投げて答えた。

 だが、また空腹に気が付くと、今さっき自分で放り投げたミートソース味の宇宙食パックを渋々と拾い上げた。自分で放り投げておいて、自分で拾う。強制されたわけではない。このように自分でやったことの後始末を自分で渋々とおこなうことは生きていく上で非常に多い。

 きっと「食べ物を放り投げてはいけない」というような道徳は、社会が個人に対して要求しているのではなく、自分をコントロールできないことに対する失望や、自由意思の存在危機に何とか折り合いをつけるために、いたって個人的な必要性に迫られて発生するのだろう。誰に命令されているわけでもないのに、人は自ら窮屈な生き方をしてしまうものなのかもしれない。そう考えると軍関係者の「説得」の方がまだありがたみがあるのかもしれない。自由意思万歳だ。

 ふと気が付くと、マーカスが心配そうにこっちを見ていた。

「どうしたんですか? 深刻な顔して考え事して… 何かあったのですか?」

 何かあったのですか? ときたもんだ。やれやれだ。

 僕はまたつまらなくなって、飲み終えた宇宙食パックをまた放り投げた。

「あの、この仕事が終わったらルナベースに寄っても良いですか?」

 マーカスは恐縮しながら僕に言った。別に問題はないので許可すると、一言ありがとうございますと言ったきり会話は終わってしまった。マーカスも柄になく落ち着きがない。なんだか気まずい雰囲気が流れている。

「なあ、言いたくなければかまわないが、月に行くのはさっきのメールがらみか?」と僕は絡みつく沈黙に耐えきれずに話を振った。

「え、まあ、そう……です」

「軍の連中がなんて言ってきたかはしらねぇし興味もねえよ。でもな、何かあったときは一言いってくれよ。オレたちゃパートナーだろ? 軍相手だろうとやるときゃやってやるぜ。」

「いやいや、違います! そういうのではないのです。どちらかというと、その…良い知らせです」と、マーカスは慌てて言った。

「はっ、軍から良い知らせ? 一体何のジョークだよ。もういい。訊きたくもない。」

 僕はなんだか仲間はずれにされたような、相棒がどこか遠くに行ってしまうような苛立ちと寂しさを味わっていた。宇宙食パックをまた、放り投げた。

「絶っ対に拾わねぇ。」

「はい?」

「うるさい! なんでもない!」


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