第6話 親の真意
朝食を食べ終わり、茶封筒をリビングの足の短いテーブルの上に並べて、クリップで止められた紙の束を取り出して、一番最近のユズヒが死ぬ一週間前までさかのぼった紙の束を取り出して、最初なんてすっ飛ばし紙をパラパラとめくった。
隣には暇そうなチョコがやってきて、大型犬である巨体でへそを上にして寝たりしている。
チョコを横目に、しばらく紙を飛ばし続けて、とにかく大量の紙を飛ばして、最後の数ページまで読んだところで、ユキはピタリと手を止めた。
『ユキとケンカしちゃったんだよ。どうしようかなアオイ。祐二君と休日会った事ユキにバレちゃって、祐二君のことをすごく悪く言うのよ(;;)それでカッとなって私も反論しちゃって』
紙を握りしめて、ユキはこの紙の中には、母親であるユズヒが時が止まったままで、その中に存在している。ユキの知らないユズヒの姿がそこにあるのではないか。真意を知ることが出来ると思った。
『私はね。祐二君と再婚したっていいと思ってるの。だって彼、私にはすごく優しいし、私は母親である以前に女だから、愛してくれる人を私も愛したい。でもユキを祐二君を合わせたくないとも思ってるの。祐二君は実父で、ユキのことを大切に思ってるけど、それが過剰で、ユキはとてもそれを嫌がってる』
十月二十日、二十一時三十五分。その文をすべて読んで、ユキは最愛の母であるユズヒに裏切られた感覚がした。所詮ユキは子供で、大人の愛や恋という話にはついて行けない。だからこの話も理解できるはずがない。ユキの腹違いの姉と兄である、彩と祐樹はユズヒのことを嫌いいじめた。だから彩と祐樹の親である祐二のことも嫌って当然。
でもユキの想像と反し、ユズヒは祐二のことを愛していた。だから、休日に会うようなこともした。それは祐二が望んだのではなく、ユズヒが望んだのかもしれない。
そのあとのその日のうちのアオイとの連絡のやり取りも読んで、はっきりとユキは確信した。
「私が子供だったから」
そんなことユキは自分自身で信じたくもなかった。ユキは母親であるユズヒを守るつもりでずっと努力していた。それなのにユズヒは守られる必要なんてなかった。それより、妥協が出来ず、一人で突っ走ったユキの方が子供であったのだ。
涙が込み上げてきたユキは、そのページを破り取ると、ぐしゃぐしゃにして、ごみ箱に捨てた。
手に持っていた分厚い紙の束なんてこれ以上読む気にはなれず、テーブルに投げ捨てて、隣で穏やかに眠っていたチョコを抱きしめて、ソファの上で縮こまった。
心配そうにチョコはユキの手をしきりに舐めている。
「読まないのですか?」
掃除をしていた代々木は様子がおかしいユキを見て、そばまでやってきた。破り捨てられた紙の束を見てから、紙の束をめくった。
最後のページを読んで、目を細めると紙束を茶封筒に戻した。
「お菓子でも持ってきますね」
ソファに寝転がり、くやしさが強く残っていた。もう隣にユズヒはいない。ただそこに居るのは、ぽっかりと空いた孤独。右も左も分からない東京という異世界で、心を癒すのは難しい。
チョコがソファから居なくなって、テーブルの上にお菓子が乗った皿がコトリと置かれて、でもユキは何もする気が出ず、ただひたすらにソファで丸くなっていた。涙が止まらずに、誰にも顔を見せたくなかった。
かなり長い間そうしていると、いつの間にか眠ってしまって、次にソファを置きあがった時、お昼を過ぎたところだった。テーブルに置かれた茶封筒はそのままで、食卓にはサンドイッチと、一枚紙が置かれていた。
『夜にまた来ます。お昼はそちらのサンドイッチをお食べください。代々木より』
泣きすぎたせいか、考えすぎたせいか、お腹がぐぅと鳴り、ユキは卵サンドを一つ取って、立ちながら食べた。そのサンドイッチがあまりにもおいしかったので、ユキはキチンと椅子に座って、そこに置かれていたサンドイッチをすべて平らげた。
泣きすぎ、サンドイッチで口の中の水分を持っていかれたために、少し水を飲もうと、キッチンへ入り、透明なコップを棚から取り出した。
水道水をそそぎ、キッチン周りを散策して、水回りのすぐ下の扉を開けたりした。物は触らずに、ただ眺めるだけ。
そんなふうな暇つぶしをしていると、包丁類が収納されているスペースを見つけた。様々な包丁が収納されていて、普通に使う物、またはパンを切るギザギザとした包丁、それに果物ナイフ、端には長方形型の和包丁。
綺麗に整頓され、汚れが一つもついていないギラギラと刃先が光る包丁を見て、ユキは手を伸ばし、包丁を取ろうとした。
それを使えば、ユキを少しだけ安堵させてくれる気がした。自分を抑えようとする気持ちがありながらその誘惑に耐えきれず、果物ナイフを手に取り、その包丁の鋭い部分を左の手首に当てようとした。
「ただいま」
玄関の扉が開く音と共に、アオイの声が聞こえてユキは驚きながらも、包丁を元あった場所に戻し、扉を勢いよく閉め、不自然のないように、水道水を入れたコップを掴んだ。
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