第二十一話 第四階層 フロロース①
オリンポスの町を抜けると、その先には鬱蒼としたジャングルのような密林が広がっていた。
入り口には木々が生えておらず、その先には土を踏み固めてできた細い道が見える。この密林が次のダンジョンらしい。
二人は中に入ると、道なりに進んでみる。しばらくして壁に突き当たり、道が左右に別れた。右に進むと行き止まりであったため、来た道を戻る。
まっすぐ進むと再び別の壁につきあたり、道が左右に別れた。
「どうも、迷路のような造りだな」
視界に地図を表示すると、まだこれまで通ってきた道しかマッピングされていないが、縦と横の道だけでできた幾何学的な迷路のようになっている。
「言われてみればそうですね。……あ、あっちに人影が見えます!」
前方で、数人の男女が一体のモンスターと戦闘を繰り広げていた。
人間の方は、腕を組んで指示を出す軍服の男が一人と、ハンターギルドジャパンのマントを身につけた冒険者らしき男女が三人だ。
一方モンスターは羊を二倍に巨大化したような風貌で、頭に生える角は歪むことなくまっすぐ伸びている。
冒険者たちはそんな羊の突進を軽々避けると、的確にダメージを与えていく。明らかに戦い慣れているようだ。
まもなく決着がつき、モンスターが倒れた。ドロップ品はアンブロシアに似た巨大な骨付きの肉塊だった。
ハルとミオに気づいた軍服の男は、二人を見て驚く様子もなく、意味ありげに口角を上げる。
そしてドロップ品の肉塊を持ち上げると、炎魔法でこんがり焼き上げ、かぶりついた。
周りの冒険者たちは、その様子を羨ましそうに眺めながら、ごくりと唾を飲み込んだ。
──なんだ? 一体何をしているんだ?
モンスターを討伐して得た食材を腹の足しにするなど、冒険者にはよくあることだ。焼いてその場で食したことぐらい、ハルにもあった。
それを見せつけるようにする意図は何なのか。
また、簡単に手に入れられるような食材を、まるで希少な物のように羨ましげに見る冒険者達は何なのか。
「なんだか気味が悪いですね……。あの人たちは無視して、先に進みましょう?」
隣でハルと同じようにその光景を見ていたミオがそう提案する。
「あ、ああ。そうだな……」
ギルドメンバーはハルの存在に気づいていながら、脇を通り過ぎる二人を妨害する素振りは見せない。それよりも、自分も肉にありつこうと、順番が回ってくるのを涎を拭いながら待っていた。
二人が探索を続けていると、似たような光景に何度も遭遇した。
やっと地図の半分程度を進んだ頃、ハルは妙な空腹感を覚える。
「ぐうぅ」
「きゅぅ」
二人の腹の虫が示し合わせたかのように鳴いた。目を合わせてお互い赤面する。
「す、すこし休憩するか」
「そそ、そうですね!」
近くの木の根に腰を下ろすと、軽食を胃に入れ、水分を補給した。
再び探索を続けていると、またしてもハルの腹の虫が鳴く。
「何かおかしいぞ。空腹度の減少が早すぎる」
「はい、私もまたお腹が空いてきました……」
ミオは困り顔でうつむき、お腹をさすっている。
そこで、しばらくステータスを観察してみると、満腹度のゲージがゆっくりとだが目に見えて減っていた。
「なるほど、ここは──」
「超飢餓ダンジョン、ですか……」
「ああ。第三階層の水と違い、ここでは食料がキーになりそうだな」
ハルは通常、食料をそれほどインベントリに収納していない。外部からダンジョンに持ち込むのは一食分と決めている。
なぜなら、もし攻略が長引いて食料が足りなくなったとしても、現地調達可能な場合が多いからだ。先ほどの羊のモンスターのように、食材をドロップするものも少なくないし、ダンジョンに生えるキノコといった食用植物も、摂取すれば満腹度を回復してくれる。
だが今のところ、食材をドロップするモンスターには遭遇しておらず、食用の植物も見つけることができていない。
遭遇したモンスターといえば、不快な羽音を鳴らして空を飛ぶ巨大な蝿と、全長2メートルを越えようという毒蛇だけだった。それぞれ、ファットフライ、グリードバイパーという名で、レベルは45だった。
蝿のドロップ品はその死骸であり、蛇のドロップ品は毒まみれの蛇肉。どれも食材ではなく、アイテム生産の素材に使用されるものだ。
羊のモンスターに関しては、いるのは間違いないのだが、ギルドメンバーと戦闘中の個体以外に遭遇していない。
「ちょっと辛いですが、この状態でしばらく我慢して、満腹度が0%になる前になんとか攻略しましょう!」
すでに満腹度が30%を切っているからか、美しいミオの頬がうっすら痩けている。だが、彼女の瞳はいつもの輝きに満ちていた。
「ああ、頑張ろう」
ハルはミオの言葉に頷くと、先を急いだ。
何度迷路の角を曲がっただろうか。至るところで羊のモンスター、デーモンシープを見かけたが、悉くギルドメンバーが戦闘をしている。
どうやら、ギルドはモンスターのスポーン地点を把握し、その全てを独占しているらしかった。
「……くそっ! これがギルドの妨害だったのか」
「ハルさん……」
陰湿で卑劣なギルドへの怒りと、絶えず続くひもじさが重なり、ハルは無性に苛立ちを覚えていた。
満腹度は10%を切った。胃の収縮が起きてうっすらと吐き気が続いている。歩くだけで体に疲労が溜まり、あまり力が入らない。
「きゃっ!」
フラフラとした足取りだったミオは、木の根に足を引っ掛けて転倒しそうになる。ハルが素早く察知し、前方から体を支えた。
「あ、すみません……!」
「いや、良かった──ぐあっ!?」
安心して一瞬気を抜いたときだった。ハルの右足に毒蛇、グリードバイパーが噛みついている。
強烈な痛みに反応し、ハルはミオから離れると、力一杯足を振り上げた。蛇は遠心力で吹き飛び、どさっと地面に落ちた。
少量の神経毒が注入されたが、この程度ならば気を失うことはない。
「大丈夫ですか!?」
ミオはすぐさま解毒魔法と回復魔法でハルを治療する。
「助かった。……奴は逃がさない!」
ハルは密林に逃げ込もうとする手負いのグリードバイパーを、風魔法エアリアル・ブレードで真っ二つにした。
割れた胴体はビタビタとのたうち回った後、力尽きて消えた。
「ふう」
ハルの満腹度は今の戦闘でさらに下がった。
そんな彼の視界に入ったのは、モンスターからドロップした肉塊だった。
……あれには毒が含まれているが、少しなら、焼いてしまえば食べれるのではないか。
そんな考えが頭をよぎり、ハルはごくりと唾を飲んだ。
すると、視界を遮るようにミオがハルの目の前に立ちはだかった。
「ハルさん、あれは絶対にダメです!」
「え……?」
「あんなものを口にしたら即死です。正気に戻ってください!」
……そうだった。グリードバイパーの肉は死してさらに強力になる怨毒。煮ても焼いても消えない毒だからこそ、凝ったアイテムの生産に重宝されているのだった。
「す、すまない。我を忘れていたようだ……」
「いえ……そんな顔しないでください! さあ、先を急ぎましょう?」
優しげなミオの笑顔は、まるで飢えの苦しみを感じていないのではないかと思わせるほど明るい。
二人は引き続き探索を続け、繰り返し現れる蝿や蛇のモンスターを倒しながら、ついに密林の最奥にたどり着いた。
そこには、この場所に不釣り合いと思える見事な洋館が屹立していた。
高さは15メートルを超えるぐらいだろうか。屋根と壁には漆喰が塗られており、色はそれぞれターコイズブルーとクリームがかった白だ。
横に40メートルほど伸びた館の壁には多くの窓が設置されているが、それぞれが同じ形状の幾何学的なデザインで統一されている。
正面には幅広の階段があり、その先には3メートルを超える木製の扉があった。扉には植物をモチーフにした緻密な彫刻が施されている。
「なぜこんなところに立派な館があるんでしょう……」
「俺も同じことを思っていたよ。貴族でも住んでいるのだろうか?」
二人はその威容に圧倒されながらも、階段を上り扉の前に立つ。そしてハルは、女神らしき存在を象った金属製のドアノッカーを叩いた。
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