第十七話 初めての仲間
プレイヤーが増えればモンスターの出現率は上昇する。
フロアの探索を再開したハルとミオは、次々と現れるモンスターの対処に苦労していた。
しかし、慣れからか二人の連携は前回よりも機能しており、ハルはパーティーでの戦闘に楽しさを感じていた。
とはいえ、後衛同士では敵の進軍を押し留める力が足りない。幾度かモンスターの接近を許し、ハルは肝を冷やした。
ミオから提案された通り、いずれは前衛をパーティーに加えるべきかもしれないとハルは考える。
二人は通路や小部屋をひとしきり周った。しかし、次のフロアへの進路を見つけることができなかった。それにモンスターの数も一向に減らない。
「ミオ、マナポーションはまだあるか?」
魔法を連発してきたため、ハルのマナポーションは切れ、魔力の残量もわずかとなっていた。
「いえ、一つもありません……」
マナポーションは全て使い果たしていた。ミオの魔力の残量も空になる寸前だ。
潤喉度は両者ともすでに1%。喉が酷く渇き、空咳が断続的に出始めている。また手足に力が入らない感覚や身体の痙攣もさらに悪化している。
二人の戦闘能力は著しく低下し、再びモンスターに包囲されてしまった。
「くそっ。謎が解けなくてすまない、ミオ」
おそらく、ここから先は謎を解かなければ進めないのだろう。ハルは無力感を覚えて歯軋りする。
先ほどのオベリスクにあった言葉が関係しているに違いない。
<力尽きし者こそ尊し>、<生者の根源たる水をもて>、<王に全ての命を捧げよ>のいずれかが鍵となるはずだ。
二つ目の<生者の根源たる水をもて>は、モンスターを倒すことができる属性を指すはずだった。ならばそれを除外した二つのどちらかということになる。
一つ目の『力尽きし者』とは何か。アンデッドを連想させるが、まさかアンデッドが尊い存在とは思えない。
三つ目の『王』とは何か。先ほど王の像らしきものを見つけたが、あれのことだろうか。 ただ、今やミオが破壊しており存在しないが……。『全て』という言葉も何を指すのか分からない。
何にせよ、これではヒントが足りなさすぎる。
「謝らないで下さい。でも、どうしましょう?」
「最後まで戦おう。それしか出来ることはないからな……」
ミオは数度乾いた咳をし、小さく頷いた。
「アクア・グラベル」
「ホーリー・レイン」
瞬く間に目前の敵を地に沈めた。
「魔力が、尽きた……」
「私もです……」
魔力がなければ、魔法職などただの町民と変わらない。
……ここまでか。
じりじりと敵が目前に迫り、二人が死を覚悟した時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴッ!
ゆっくりと、重い扉の開く音がフロア中に響き渡る。それと同時に周囲のモンスターが一体、また一体と地面に倒れていく。
「な、なんだこれは?」
「……助かったのでしょうか?」
二人は怪訝な表情を浮かべて目を見合わせた。
ハルはオベリスクの言葉を再び思い出す。
もしかすると、「力尽きし者こそ尊し」の「力」とは魔力を指していたのだろうか。二人の魔力が尽きたからこそ、何かが起きたのか。
「今開いた扉は、入り口正面のものだろう。行ってみよう」
二人が神殿の入り口まで戻ると、やはり予想通り、巨大な黄金の扉が開いている。
中はドーム状の広い空間になっていた。建造物を支える太い柱が数本立ち、壁には小ぶりな窓が複数開いている。外に比べてより一層磨かれた石灰岩の表面が、窓から入る光を反射し眩しく輝いている。
そして中央には台座の上に、黄金製と見られる豪華な装飾が施された棺がぽつんと置かれていた。
「綺麗ですね。王様のものでしょうか?」
「かも知れないな。時間がない、早速開けてみよう」
二人で協力して棺の蓋を開けると、中には金の冠を被ったミイラが横たわっていた。支配的な身分を思わせる衣服を身に纏っている。おそらく王なのだろう。
ミオはビクッとして一歩後ずさる。ミイラはゾンビを日干しにしたような見た目で、なかなかにグロテスクだった。
何か攻略の手がかりはないかと棺の中を見渡すが、それらしいものが見つからなかった。棺の周囲やフロア全体を眺めてもこれと言って何もない。
ということは、あのオベリスクの言葉が手がかりになるに違いない。
ハルはそう考えて、言葉とそれに関連して起きた事象を改めて振り返ってみる。
まず<生者の根源たる水をもて>は、水で以ってモンスターを倒せという意味だったはずだ。
<力尽きし者こそ尊し>については、ハルとミオの魔力が尽き、尊き者と認められたのか、神聖なる神殿中心部の扉が開いた。
だが、最後の<王に全ての命を捧げよ>が分からない。
まさかその言葉通り、命をよこせとでも言うのか。そんなことをしたら攻略ができないではないか。
「ハ、ハルさん、私、もう限界です。残りの水を飲んでも良いでしょうか?」
「ん? ああ、確かにこれ以上はきつい。構わないぞ」
水、か。
そういえば、オベリスクは<力尽きし者こそ尊し>、<生者の根源たる水をもて>、<王に全ての命を捧げよ>の順でまっすぐ並んでいた。
なのに、なぜ<水>が一番初めの手がかりだったのだろう。普通に考えれば<力>が一番初めの手がかりになりそうなものだ。そう考えると<水>が二番目の手がかりになる。
<水をもて>という言葉は『水を以って』と『水を持って』の二つの意味に捉えることができる。実はそれが、『水を以って』モンスターを倒せという意味ではなく、王が家臣に指示するように『水を持って』来いという意味だとしたら?
さらに<生者の根源>が<命>を意味するとすれば?
王に捧げるべきものは……まさか水?
そう考えると、フェリクスが妨害のために泉に毒を入れた理由も説明がつく。水がなければ攻略が不可能になるのだから。
……マズい!
急いでミオに目を向けると、インベントリから水袋を取り出し、なけなしの水を今まさに飲まんとするところだった。
「ミオ! 水を飲むのはちょっと待ってくれ!」
「え? は、はい」
首を傾げて困惑した様子で頷くミオ。
「もしかすると、王に捧げるべきものは水かも知れない。まずは俺からやってみる」
ハルはインベントリから水袋を取り出すと、ミイラの上で口を下に向け、水を垂らした。
水滴がミイラの頬にポタリと落ちる。
すると、その部分だけがまるで生者のように瑞々しい肌に変化した。
「やっぱりか」
「す、凄い……」
ハルとミオの目に希望の光が宿る。
「残りの水をすべて振りかけてみよう」
「はい!」
二人は水袋から中身を全て絞り出した。すると王の顔の大半が生気を取り戻し、今や目を瞑って寝ているだけのように見える。
だが、体の方に目をやれば皮と骨しかないミイラのままだ。
「足りないな……」
「本当ですね……。オアシスの水が汲めれば……」
ミオの言う通り、オアシスの水があれば問題は容易く解決出来ただろう。
だがそれは不可能。となれば──
ハルはインベントリからダガーを取り出すと、左手の手のひらにそれを当てた。
「ハルさん!? 何をしているんです!?」
ミオが目を丸くし、慌てた様子でハルに問い掛ける。
「もう水の代わりになりそうなものはこれしかないだろう」
「ええ!? 血は水じゃないですし、そんなことをしたら死んでしまいますよ!?」
「そ、そうか……? 第一階層ではこれでいけたんだが……」
「うそ……。ハルさんって意外と無謀なんですね……」
妹の蒼にも言われたことがある無謀という言葉に、ハルは衝撃を受ける。
妹に何を言われても気にならないのだが、ミオの言葉には耐性が出来ておらず、ハルは肩を落とした。
いつの間にかハルの潤喉度は0%になっており、継続ダメージが発生していた。心も体も痛みでボロボロである。
体力を回復しようと、ハルはインベントリからヒールポーションを取り出した。
「ポーション……? ああ! ハルさん、それちょっと待ってください!」
「どうした?」
「私、ヒールポーションの製法書を持っているんですけど、それがあれば調合だけでなく分解もできるんです。ポーションの材料は──」
「水か!」
「その通りです」
ミオは自分のインベントリからヒールポーションを取り出すと、スキルを使い分解した。
手元には、透明な水が入った瓶と原料となる薬草の粉末が入った小袋が残った。
ミオは瓶を逆さにして、ミイラの体に水をふりかけていく。するとその部分が、顔と同じように生気を取り戻していく。
「成功です。どんどんいきましょう!」
ミオは次々とポーションを分解しては、ミイラに水を振りかけていく。
そして、二人が持っていた全てのポーションを使い切ると、ミイラだった存在はもはや生者にしか見えないほどに変化していた。
突然、王の体が脈打つようにビクッと大きく動く。
「きゃっ!?」
「なんだ!?」
すると体がゆっくり持ち上がり、宙に浮き上がった。
まるで床でもあるかのように空中で立ち上がると、王は支配者たる風格でハルとミオを見下ろし口を開いた。
「よくぞ余を蘇らせた。命の源である水を全て差し出し、余を救ったのは主らが初めてだ。褒めて遣わす。その知恵と勇敢さに見合うものは何か。……ふむ、これが良かろう」
王が胸の前で右手を差し出すと、手のひらの上に黄色味がかったガラス製の小瓶が現れた。小瓶は浮き上がるとゆっくり二人の元に向かっていく。
二人の前で止まった小瓶を、代表してハルが受け取った。
「さあ、先を進むが良い。素晴らしき力を持つ冒険者たちよ!」
王は微笑を浮かべたまま姿を消した。するとフロアの奥に、次の階層に続くと思われる入り口が出現した。
小瓶を確認してみると、神酒ネクタルというアイテムだった。使用すれば体力や魔力が全快するばかりでなく、あらゆるステータス異常も治すという優れものだ。
「や、やりましたね、ハルさん!」
ミオが声を弾ませて、白く美しい拳を胸の前でぎゅっと握る。
「ああ、なんとか切り抜けられたようだ。これもミオ、全部君のおかげだよ」
「え?」
「キマイラとの戦闘でも、アンデッドたちとの戦いでも、ミオは自分より先に仲間である俺を回復しようとしてくれただろう?」
「そ、それはプリーストとして当然かと……」
「いや、そんなことはない。ミオの人間性が現れているんだ。そして、さっきはポーションを分解するというアイディアで問題を解決し、パーティーを救ってくれた。本当に尊敬しているし、感謝している」
この階層の攻略で、ハルは仲間がいることのありがたさを痛いほど実感していた。しかし、仲間なら誰でも良かったわけではない。ミオだったからこそここまで来れたのだ。
ハルはミオと目を合わせると、真剣な面持ちになる。
「俺とパーティーを組んでくれてありがとう」
そう言ってハルは頭を下げた。
しばらくして顔を上げると、ミオが湯気でも立つのではないかというほど赤面していた。だがその表情は、まるで能面のようにすんとしている。
ミオはほんの申し訳程度に小さく頷くと、次の階層への入り口に歩き出した。
「さあ、行きましょう」
透き通るような声が僅かにうわずっている。
ハルは急いで同意の返事をすると、ミオの後を追い次の階層へ向かった。
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