第十五話 第三階層 キートゥリノス①
エマーティノスの町に戻り、ハルは第三階層の情報が得られないかと酒場に向かった。
中にはギルドメンバーが複数いたが、どのメンバーも初めて見る顔ばかりだ。以前のメンバーはどうしたのだろうか。
ハルは彼らから階層の情報を得ようとしたが、迷惑そうな表情で「ギルドに入るなら教えてやる」の一点張りだ。しかし、これは予想通りといえば予想通りの反応だった。
代わりにNPCへ声をかけてみると、辛うじて第三階層の名前がキートゥリノスであり、砂漠のダンジョンであるという情報を得た。
これ以上の情報収集は不可能と判断し、いつものように消耗品の購入を済ませて、来る時に利用したポータルから第二階層のセーフティーゾーンに戻った。そして、第三階層へとワープができる魔法陣に入った。
ワープした先にはNPCから聞いていた通り砂漠が広がっていた。
四方に続く黄金色の砂漠の大地。正確な広さは不明だが、かなり前方にうっすら見える建造物らしきもの以外、どこに目を向けても砂漠が広がるばかりだ。
これだけ広い土地を準備するには、凄まじい量のランドNFTが必要になる。合計金額を日本円に換算すれば、安く見積もっても数千万にはなるはずだ。
ハルは大迷宮イリスのスケールに圧倒されるが、一体何が待ち受けているのかと思うと気分が高揚してくる。
さあ、始めるか。
建造物らしきものが見える方角へと歩き始めた。
しばらくして、ハルは自身の体に起きている異変に気づいた。
無性に喉が渇くのだ。
すでに何度も水を飲み、喉を潤しているが、すぐに口内がカラカラになる。
不審に思いステータスを観察すると、潤喉度のゲージがゆるやかに減っている。ゆるやかとは言え、この速度は異常だ。
通常のフロアであれば、十分で1%程度しか減らないはずだが、ここでは一分で1%ほどの減少率であり、およそ十倍である。
──この階層は超乾燥ダンジョンというわけか……。このままではすぐに水が無くなってしまう。出来るだけ節約しなくては。
手にした水袋をしまうと、ほんの気持ち程度しか流れない唾液をぐっと飲み込んで喉を濡らし、再び歩みを進めた。
建造物の姿がはっきりと見え始めた頃、前方に、遠くからは気づかなかった緑が集まる地区が目に入る。
オアシスだ。
ここで水を補給できる。ほっと胸を撫で下ろすと、ハルは中に進んだ。
だが、オアシスの中央にある泉を目にしたとき、驚愕のあまり思わず杖を落とした。
泉全体が鮮やかな
よく見ると、泉の縁に痩せ細ったラクダ型モンスターが数体倒れている。喉の渇きに耐えられなかったのか、甘い香りに釣られたのか、泉の水を飲んでしまったらしい。
毒だ。モンスターの姿が消えていないから致死性の毒ではない。しかし微動だにしない様子から判断するに、少なくとも意識を失う程度の効果はある。
基本的に毒の持続時間は長くて一日程度であり、泉に溶けた毒もそのうち効果を失うだろう。しかし、それまで待てば干からびるのは確実だ。
ハルは落胆するが、気持ちを切り替えて目の前にある建造物へ向かうことにした。
足元に岩のブロックで舗装された道路が現れる。それは前方にまっすぐと伸びている。
岩のブロックの素材は石灰岩。ハルがゴーレムを討伐して収集したのと同じものだ。
道路だけでなく、あらゆる建造物の素材が石灰岩でできている。もしかすると、この中の一部はハルが納品したものの可能性もある。
近くで見ると建造物はかなり大きい。
高さが4メートルはあるだろうか。中世ヨーロッパの神殿を模した形状で、階段の上にその入り口がある。
階段の前にはオベリスクが直線上に三本立っており、何やら文字が刻まれている。
手前から<力尽きし者こそ尊し>、<生者の根源たる水をもて>、<王に全ての命を捧げよ>とある。
謎解きのヒントかと想像するが、これだけでは何も分からない。
ハルはその文字を頭の隅に放り込むと、オベリスクを通り抜けて階段を上り、神殿の中へ入った。
すると正面に、巨大で分厚い黄金の扉が現れた。
扉の表面には、中心に冠を被った王らしき人物が座し、そちらに向かって左右から甕形の器を頭に載せて運ぶ人々のデザインが彫刻されている。
王の強力な権威を想像させる、美しく豪華な扉だ。ここが神殿であることを考えれば、この先は王が何かの儀式をするような神聖な場所なのかもしれない。
扉は開くのかと触れてみるがびくともしない。固く閉ざされているようだ。
扉の前を通る通路の床や壁は、丁寧に磨かれた石灰岩を組み合わせて作られている。それぞれのブロックは色や組成がわずかに違うので個性があり、少しの間であれば見ていて飽きない。
通路沿いにはワンルーム程度の広さしかない小部屋があった。中央には石像があり、その周りに石棺が並べられている。
石像は冠を被っており、先ほどの王らしき人物を象ったものに見える。
石棺の中には人骨といった素材として使用されるマテリアルNFTが転がっていたり、ポーションなどの消耗品も格納されていた。
骨は良いとして、なぜ棺に回復アイテムが入っているのか謎でしかない。だがこれがゲームであり、探索そのものが楽しめる理由でもある。
ハルはいつもの如く、それぞれの部屋で開けられるものは開け、動かせるものは動かし、丁寧に調査をしていく。所々存在するトラップも、ハルが知るものばかりであり難なく避けていく。
しばらく通路を進むと、正面からモンスターの気配を感じる。
よくみると、1体は腐敗して肉が爛れ落ちた体に粗末なボロ布を撒いたゾンビで、血とアンモニアが混じったような酸っぱい匂いが漂ってくる。
もう1体は全身白骨で、穴だらけの鉄兜と胸当て、腰巻きを身につけ、手には刃こぼれしたショートソードと盾を持つスケルトンだった。
ゾンビは呻き声を漏らし、片足を引きずりながらゆっくりと動いている。
それに対してスケルトンは動きが素早い。骨と金属鎧がぶつかり合い、ガチャガチャと耳障りな音を鳴らしつつ近づいてくる。
斜め上から斬り下ろされるスケルトンの一撃を、ハルは後ろに飛んで軽々と避けた。
杖を地面に立て、アンデッドに効き目が大きい火魔法を放つ。
「ヒート・レイ」
杖の先端が赤く光ると、それが光線となってスケルトンへと高速で伸びていく。そのまま鎧の穴を通り抜け、胸部を貫くはずだった。
しかし、胸元からわずかに煙が立ち上っただけで、スケルトンにはまるでダメージを与えていない。
ヒート・レイは下位魔法だが、一点集中のためそれなりに高い威力を持っている。レベル38のスケルトンであろうと、こちらのレベルはそれ以上であり、確実にダメージが入るはずだった。
他の火魔法も試してみるが、どれも全く効き目がない。さらに、杖で頭を殴りつけてみたがノーダメージだった。
何か秘密がある。
肉薄するゾンビの攻撃もかわしながら、ハルはふとオベリスクに書かれていた言葉を思い出す。
あの三つの言葉はおそらく何かのヒントだ。ならば──
「ウォーター・ジャベリン」
上空にバスケットボール大の水球が生まれる。それが徐々に先端の尖った太い槍へと変化した。
静かな音とともに動き出したそれは、一気に加速するとスケルトンの喉元に突き刺さり、首が地面に落下した。
やはりか。どうやらこのフロアのアンデッドの弱点は水属性らしい。<生者の根源たる水をもて>の<水をもて>は、<水を以って>の意味であり、水属性が効くという意味なのだろう。
ハルは同じ魔法で同様にゾンビも始末した。モンスターのドロップ品はそれぞれ、白骨と腐肉だった。
一時の間忘れていた喉の渇きをハルは再び思い出す。水袋の中身はあとわずかだ。
水魔法の水が飲めれば良いのだが、そう都合が良いものではない。
メタマイスの魔法は、魔力で生み出した一時的な現象とでもいうべきもので、時間の経過とともに消えてしまう。
つまり実体がないので、魔法で作られた水を飲んだとしても、水として判定されず潤喉度が上がらないのだ。
水はできる限り節約することにし、さらに通路を進む。だが行き止まりにぶつかったので、今度は逆方向の通路に向かうことにした。
入り口まで戻ると、前方通路の奥でモンスターと戦闘を繰り広げている冒険者がいた。
その冒険者は聖書を開くとパラパラとページをめくり、目を瞑って魔法を唱えた。
「ホーリー・レイン」
聖/水の混合属性の中位魔法だ。
上空から淡く発光した水滴がぱらぱらとモンスターに降りかかる。すると、まるで鉄球にでも押しつぶされるかのようにモンスターが地面に沈んでいく。
「……ふぅ」
透き通るような声と共に小さく息を吐いたその冒険者は、忘れもしない、ミオだった。
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