第十二話 ハンターギルドジャパン

精神的にも肉体的にも酷く疲労したハルとミオは、第一階層と第二階層の中間にある町エマーティノスの酒場で休息を取っていた。


先ほどまでは色々なことがあって精神が昂っていたが、食事で腹が満たされたこともあり、ようやく落ち着き始めた。


ちょうどその時、一人の男がテーブルに近づいてきた。ハルが初めてこの町を訪れた際に案内してくれた親切な男、ケントだ。ハンターギルドジャパンのメンバーでもある。


「ハル、無事戻って来れたんだね。どうだい? ギルドに入る気になったかな?」


相変わらず人の良さそうな表情だが、以前よりもどこか自信に満ちた微笑みを浮かべている。


ハルにはケントの質問の意図が理解できない。ギルドには入らないとはっきり伝えた筈だった。


「やあケント。それはどういう意味だ?」

「え、いやあ、第二階層の攻略は不可能だと分かったよね? ギルドに入れば──」

「そういうことか。攻略できたぞ。君たちの情報のおかげだ。感謝する」


礼を伝え頭を下げると、ケントはきょとんとした表情でハルを見る。


「こ、攻略した? まさか……」

「信じていないのか? ここに証人もいるぞ。色々な面で攻略を支えてくれたミオだ」


なぜかハルの言葉を疑う様子のケントに、ミオを紹介する。


「君はフェリクスさんのパーティーのプリースト。今の話、本当なのかい……?」

「……はい、本当です」

「まさか君、あれを渡したのか!?」

「渡しました……。ただ、あんなものがなくてもハルさんなら攻略していたと思います」

「そんなばかな……」


震える声で呟くと、ケントの顔が急速に青ざめる。


他の席で食事を摂っていたギルドメンバーにも話が聞こえていたらしく、「嘘だろ……」などと呟いている。


攻略のためにあれほど熱心に情報を教えてくれたギルドメンバーが、いざ攻略して戻ってくるとなにやら愕然としている。


この状況にハルは違和感を覚えた。きっと喜んでくれるだろうと期待していたのだが、反応はその真逆だったからだ。


「お、おめでとう……。僕は用事を思い出したから、失礼するよ……」


心ここにあらずといった様子でそう話すと、ケントはふらつく足取りで酒場を出て行った。


「どうやら、あまり歓迎されていないようだな」


先ほどから俯き加減のミオに、ハルは答えを期待するわけでもなく話しかけた。


すると、ミオはばつの悪そうな顔を上げてハルを見る。


「ハ、ハルさん、実は──」


ミオはおずおずと、周りに聞こえないよう小さな声で、ギルドメンバーの反応の理由を話し始めた。


要約すれば、以前ギルドメンバーがハルに伝えた攻略情報はデタラメだった。


第二階層はミオが使用していた大河の雫というキーアイテムさえあれば、それほど苦もなく攻略できる階層。


だがそのことはハルに伝えず、役に立たない情報を大量に流すことで情報操作したのだそうだ。


──随分と酷いことをするものだ。


ハルは驚きと共に、小さな失望も感じる。


たしかに、ギルドメンバーに聞いていた情報と迷宮内の現実は異なる部分が多く、疑問はあった。


だが迷宮は目まぐるしく変化するため、情報がアップデートされていないだけだと思うようにしていたのだ。


「……ハルさん、ご迷惑をおかけしてすみません」

「お、おいおい、ミオが謝ることじゃないぞ。ミオ自身はそういうギルドの方針に反して俺を助けてくれたじゃないか。……それに、そもそも俺が甘かっただけだからな」


そう。以前パーティーメンバーを探していたときに、冒険者から聞いていたのだ。大迷宮イリスはギルドの支配下にあると。


そんな迷宮を、ギルドが無関係の冒険者に快く攻略させてくれるわけがないのだ。


ハルはこの町で人の親切心に触れた気がして、そのことを都合よく忘れてしまっていただけに過ぎない。


まだ自分に責任があると考えているらしく暗い表情のミオを、むしろ感謝しているとフォローしていると、酒場の入り口が開いた。


「おや、ミオ。戻って来ていたのなら教えてくれてもいいじゃないですか。水臭いですねぇ」

「フェ、フェリクスさん」


ミオが所属するパーティーのリーダーを務める男フェリクスと、後ろには仲間の冒険者二名の姿も見える。


フェリクスの青白い肌に浮かぶ微笑は、冷笑と表現するほうが適切に見えるほど、温かみを感じさせない。細長いレンズの眼鏡の奥からは、ギラついた瞳がハルとミオを交互に観察している。


「ハルさん、これまでの事情を説明しても……?」


ミオはハルに確認を求める。二人の努力によって得られた貴重な情報も多いため、それを他人に公開して良いかという確認だ。


「もちろん、構わないぞ」


ミオがいなければ得られなかった情報ばかりであり、本来ならわざわざ確認する必要もないとハルは考えている。


それに、ハルには情報を隠匿する趣味はない。


ミオは頷くと、彼女が第二階層で穴に落下し、パーティーを離脱してからの経緯をフェリクスに伝えた。


フェリクスはミオの話を聴きながら、さも興味深いといった様子で相槌を打つ。


「ご連絡が遅れて、すみませんでした……」


ミオの謝罪に、フェリクスは首を大きく横に振る。


「まさか第二階層にキマイラなるボスがいるとはねぇ。これほど貴重な情報を持ち帰るなんて、あなた方二人は素晴らしい!」

「……え?」


顔を紅潮させ、上ずった声で賞賛するフェリクスにミオは唖然としている。


彼女だけではない。酒場にいる他のギルドメンバーもほぼ同様の反応だ。


まさに豹変とも言える変わりように、ハルも目を疑うほどだった。


「それに比べて、うちのパーティーメンバーは何の役にも立っていませんねぇ」

「ええっ!?」

「そ、そんな……!?」


フェリクスの背後にいた二人の女冒険者は、突如自分たちへ向けられた矛先に、あからさまに狼狽している。


「優秀な人材こそ私の仲間にふさわしい。ミオ、これからも頼みますよ」


いつもの鋭い目尻を下げ、柔和な笑みを浮かべてミオに語りかけるフェリクス。


ミオはどう返事をして良いか分からないらしく、困惑した様子で頷く。


「そしてハルさん、やはりあなたは優秀だ。だからもう一度だけ言います、ギルドに入りませんか? 決して損はさせませんよ」


ミオへと同様の語り口で、フェリクスはハルを勧誘する。


しかし、ハルにはそれが妙に癇に障った。


教師が自分の言うことをよく聞く優等生だけを特別視して可愛がるような、ハルが中学の頃に経験した気味の悪い光景が、ふと脳裏に浮かんだのだった。


「誘ってくれるのはありがたいが、やはり遠慮しておく。俺は欲張りだから、迷宮で手に入る財宝は少人数で独占したいんだ。ギルドに入ればそれは叶わないだろう?」


その回答を聞き、フェリクスの目が鋭さを取り戻し、表情がみるみる険しくなっていく。


「……へえ、そうですか。私の提案を飲まなければ、次の階層は絶対に攻略できませんよ?」

「ほう、それは挑戦するのが楽しみだ。もういいか?」


フェリクスの目つきはさらに鋭いものになり、顔が真っ赤になる。


「後悔しても手遅れですよ! ミオ! 何をしているのですか! 行きますよ!」

「きゃあ!?」


ミオの手をぐいと掴んで立たせると、フェリクスはそのまま引っ張るようにして店を出ようとする。


「ミオ!? おい、やめろ!」


ハルはフェリクスに、ロングスタッフを突きつける。この距離なら風属性の中位魔法、エアリアル・ブレードで奴の腕を切断することなど容易い。


「ハルさん、やめて! 私は、大丈夫です! 今までありがとうございました……!」


最後に申し訳なさそうな笑顔をハルに向けると、ミオはフェリクスと共に酒場を出て行った。

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