第十話 共闘①
ハルとミオが飛び移った空洞の先をしばらく進む。
すると、岩壁からマグマが流れ落ちる、天井が高いごつごつとした暗黒色の玄武岩フロアに出た。
その最奥には岸壁に埋め込まれた巨大な鉄製の門がある。
両開きの重厚な門で、向かって右には吠えるライオン、左には草を食むヤギ、上部中央には木に巻きつく大蛇の意匠が彫られている。
「あれはボス部屋への入り口だろうか?」
「きっとそうですね。ですが、私が以前入った門とはなんだか趣が違うような……」
「へえ、ミオはこのダンジョンに来たことがあったのか」
ミオは頷くと、その経緯を話し始めた。
彼女のパーティーの目的は、現在最も先を進んでいる部隊が攻略に手こずっているため、その攻略の役に立つような手がかりを探すことだった。
しかし、これまで何も成果が得られておらず、繰り返し調査を続けているため、この階層のボスとは何度か戦闘経験があるらしい。
名前はホワイトサラマンダーで、レベルは40。サラマンダーの変異種で、通常個体より体が大きく動きも素早いのだとか。
「ボス部屋に入る前に、ここで少し休憩するのはどうでしょう?」
ハルはミオの提案に同意する。体力的な疲れはポーションや魔法で十分だが、精神的な疲れを癒すには休息しかない。
二人は鉄門の前に腰を下ろし、水分と軽食を摂った。
「……あの、これ、使ってください」
そう言ってミオが取り出したのは、何の装飾もない質素な銀色の水差しだ。
ハルは、どこかで目にしたことのあるデザインだと思い記憶を辿る。そして、川で水を汲んでいた少女が使用していたものとそっくりなことに気づいた。
「これは?」
「大河の雫です。飲むと一定時間熱耐性が大幅に上昇します」
「なるほど、ミオはこれを使っていたのか。でももう半分以下しか残っていない。俺が飲んで良いのか?」
「残りを二人で分けましょう。30分程度で効果は切れますが、その前にボスを倒してしまえば大丈夫ですから」
30分か。ミオの経験上、ボスを倒すのに十分な時間なのだろう。なら彼女に迷惑をかけることはないか。ハルは一人納得する。
「分かった、恩にきる」
「い、いえ。元はといえば、こちらが悪いんですから……」
「それはどういう──」
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
ハルが真意を聞こうとミオに質問した矢先、正面の鉄門がゆっくりと開いた。
すると、中から高らかなファルセットのような女の声が聞こえてくる。
「待つのはもう飽きた。早く入るがよい。この神域を訪れる最初の冒険者たちよ」
高貴な者が身分の低い者に語りかけるような、どこか高圧的で威厳を感じさせる話し方だ。
「中にプレイヤーでもいるのか?」
「いえ、それは考えられません。閉じていた門が開くということは、仮に中にプレイヤーがいたとしても、ボスとの戦闘が終了し、部屋から去ったということですから」
ミオはそう話すと眉をひそめる。
「というか、そもそもボス部屋の門は自動的に開くものではないはずですが……」
二人は目を見合わせて首を傾げる。
しかし、とりあえず中に入らなければ何も分からないと、二人は門を通り先に進んだ。
一歩足を踏み入れた瞬間にハルは気づく。これまでのフロアの中で一番熱い。高温のせいか、風景が歪んで見えるような気さえする。
フロアの床や壁面は先ほど同様に玄武岩らしいが、全て立方体のブロックで構成されており、一つ一つが綺麗に磨かれている。
またそれぞれが熱を帯びており、轟々と燃える橙色の炎を思わせた。もしこの場所が灼熱の地獄でなければ、その美しさに目を奪われたことだろう。
「……え?」
ミオがきょとんとした表情で、きょろきょろ周囲を見回している。
「どうしたんだ、ミオ?」
「ここは一体……?」
「ミオも知らない場所なのか?」
「はい、いつもの場所とは全く違う構造です。それに、大河の雫による熱耐性を超えてダメージを受けるなんて……」
ミオの言う通り、緩やかではあるがハルの体力ゲージが減少している。皮膚がチリチリと焼け、痛みを感じ始めている。
背後では、鉄門がゆっくり閉じていく。
「ふむ、二人か。初めての来客にしてはちと寂しいな」
正面に、一人の女が仁王立ちで立っていた。これほどの灼熱に晒されているにも関わらず、涼しい顔をしながら艶やかな微笑を浮かべている。
ウェーブがかかったくせのあるオレンジの長髪に、クールではっきりとした印象の一重の目。健康的な小麦色の肌に赤いドレスを纏い、はみ出さんばかりに盛り上がった胸の双丘がその存在を主張している。
「誰だ?」
「なんだ貴様、妾を知らぬのか」
「え、ああ。すまないが、教えてもらえるか?」
「ふん、まあ良い。妾はこの階層の支配者、炎の神獣キマイラ。この先に進みたくば、妾にその覚悟を示すのだ」
妖艶な瞳の奥に、まるで獅子の如き獰猛な光がギラリと煌めく。
「さあ、心に火をつけよ! 魂を燃やせ! 貴様らの炎を見せてみよ!」
突如としてキマイラを名乗る女の全身が激しい炎で燃え上がると、姿を現したのは双頭の獣だった。
片方の頭は獰猛さを体現したような獅子、もう片方は雄々しい角を持つ山羊。そして、尻尾は狡猾そうな蛇の怪物だ。それぞれに意思があるらしく、全ての目でこちらを凝視している。
体長は約3メートル程度。尻尾を含めれば5メートルに届きそうなほどの巨躯だ。
視界にはキマイラという名前が表示されているが、レベルは隠蔽されているようで見えない。
ミオの知るボスとは明らかに異なる存在。キマイラが言うには、ハルとミオが初めての来客らしい。
であれば、このモンスターを討伐した冒険者はこれまで存在しないということだ。
──くくく、最高だ!
メタマイスの魅力は、NFTを収集することで金を稼げるということだけではない。
日々創造される世界を探検し、未知の存在に出会えること。その存在と時には会話し、協力し、戦闘する。そんな生き生きとした双方向の「対話」ができることもまた魅力の一つなのだ。
さらに今回のモンスターはまさに誰も知らない存在。これが冒険者の好奇心を刺激しないわけがない。
飛び跳ねたくなるような衝動をハルはなんとか押さえつける。もしこの場にミオがいなければ、歓喜の雄叫びでも上げていたかも知れない。
だが隣では、ミオが怪物を見て目を丸くし、立ち竦んでいる。
「大丈夫か、ミオ? 君のパーティーが探している手がかりは、奴が持っているかも知れないぞ。俺たち二人で討伐してみないか?」
我に返ったのか、ハッとした表情でハルの方に顔を向ける。
「……え、手がかり、ですか? 確かにこんなモンスターの情報は、ギルドでも把握していないはずです。でも、後衛職の私たちだけで戦えるのでしょうか……?」
明らかに怯えの色が瞳に宿り、顔は血の気が引いて真っ青だ。
「ボス部屋に入ったんだ。腹を括ってやるしかないさ。攻撃は俺が担当するから、ミオは回復とサポートを頼めないか?」
「わわわ、分かりました!」
「よし。前衛がいない今、動かなければ相手の攻撃の的になるだけだ。とにかく走りまくるぞ」
「はい!」
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