第七話 上層の町 ステュクス②
準備は万端。後は必要な物資を調達し、次の階層ポルトカリースに向かうだけだ。
ハルは早速、防具店に向かって歩く。すると前方からなにやら会話が聞こえてきた。
「ったくアンタさぁ、いつもいつも回復魔法が遅いのよ!」
「ほんとだぜ。アタシなんて、あと少しで死ぬところだったわ」
二人の女冒険者が、やや離れた場所にいる純白の神官風装備を身につけた女冒険者に、棘のある言葉をぶつけている。回復魔法ということは、罵られている側はプリーストだろう。
「す、すみません……」
プリーストは消え入りそうな声で謝罪する。その表情はとても暗い。
事情は不明だが、相手を注意するにも言い方というものがある。仲間という関係性もあるのかもしれないが、親しき中にも礼儀は必要なのだ。
それに、こういう光景は周りで見ていて気持ちの良いものではない。
「プリーストなんて、アタシたちアサシンとウォーリアが守ってやらなきゃすぐに死んじゃう最弱職なの。後ろでこそこそ隠れて魔法を使ってるだけなんだから、そんぐらいちゃんとやってもらわなきゃ困るんだよねぇ」
「本当だわ。おまけに簡単に罠にまでかかるドジって、どうなってんのよアンタ」
「……も、申し訳ありま──」
「おい」
プリーストの言葉を遮り、ハルは彼らの間に割って入った。
「俺も後衛だ。今の後衛全般を侮辱する発言、見過ごせないぞ。回復魔法がなければ死んでいたかもしれないと言ったな。そもそもダメージを受けたのは、お前ら自身のプレイヤースキルが低いせいだろう。むしろ命を救ってもらったんだから、お仲間に感謝するべきじゃないのか?」
もし自分に仲間がいて、そうして救ってもらったとすれば、どれほど感謝するか分からない。恵まれた環境でこれほどまでに高慢な発言は許しがたい。
「なによ、アンタ? 部外者は口出すんじゃないわよ」
「ガキみたいに顔を真っ赤にしちゃってバカみたい」
話を聞いていないのか、聞く気がないのか、それとも理解できないのか。
二人の冒険者はハルの行動を冷めた目つきで嘲笑する。
「アタシたちはHGJの迷宮攻略隊よ? それを分かった上で、もういっぺん言ってなさいよ!」
アサシンの女が腕を振り上げると、ハルの顔の横を猛スピードで何かが横切った。
ザクッ。
背後にある防具屋の店舗の柱に突き刺さったのは、アサシンが頻繁に使用する投げくないだった。
ちなみに、プレイヤー同士の戦闘は御法度で、加害者側には強力なペナルティが課せられる。実際に当てなかったのは、それを理解した上での単なる脅しだろう。
「おやおや、どうしたのです?」
落ち着いた風だが、やや耳につく高音の声が二人の冒険者の後方から聞こえてくる。
姿を現したのは、ハルが身につけているのと同様に丈の長いマントを羽織った、魔法使い然とした男だった。青白い顔には微笑を浮かべ、横長で細いレンズの眼鏡の奥からは切れ長の目が覗いている。
「あ、フェリクスさん! 実はこのウィザードがアタシたちに絡んできて──」
「それで、あのくないを投げたのですか?」
「え? そ、それは……」
フェリクスと呼ばれた男の冷たい視線に、アサシンの言葉が詰まる。
「まったく困ったものですね。いやあ、突然驚かせてしまいすみませんでした。あなたのお名前は──」
「ハルだ」
「ハルさん。どうやらあなたはギルド所属の人間ではないご様子。そして、装備を見る限りずいぶんと強そうだ」
ハルが持つ杖を、フェリクスが舐めるように見る。
「唐突ですが、ギルドに入りませんか? 副ギルド長であるこのフェリクスが、あなたを推薦しても良いですよ?」
──ほう、この男が副ギルド長なのか。ずいぶんと大物が出てきたものだ。だとしても、答えは変わらないが。
「お誘いはありがたいが、そのつもりはない」
即座に拒否すると、アサシンが「なっ!?」と口をあんぐり開いて声を上げた。
「それは残念」
フェリクスは肩をすくめる。
「こちら側にも問題はありましたが、ハルさんも人様のパーティーに勝手に首を突っ込んできたのも事実。お互い様ということで、ここは一旦矛を納めませんか?」
「……良いだろう」
「宜しい。ではお互い、大迷宮イリスの攻略を目指して頑張りましょう」
そう言って笑顔を作ると、フェリクスは「行きますよ」とパーティーに声をかけ、第二階層の入り口がある方角へと向かった。
アサシンとウォーリアの二人はこちらをキッと睨むと、フェリクスの後を追った。
最後に残ったプリーストは、ハルに向けて両手を合わせた感謝の意を示すアイコンを頭上にポッと浮かべた後、小走りで彼らを追いかけた。
どんな組織にも嫌な人間はいるものだ。割り切って働くしかない場合もある。
きっと彼女はそれを選んだのだろう。
そのようなことを考えながら、ハルはサラマンダー皮製のコートに加え、町で得た情報を元に必要なアイテムを購入。第二階層ポルトカリースを目指した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あいつ、ハルだっけ? 俺たちが適当に教えたもん買い揃えて、本当にソロで第二階層に行ったぞ! ギャハハハ!」
「信じらんねぇな? 過去には灼熱地獄に耐えられなくて、泡吹いて気を失った奴もいるんだぞ。ソッコーで死に戻りして来んだろ。んで『やっぱりギルドに入れてください!』って泣きついてくるんじゃねぇの? なあ、ケント?」
「あ、ああ……」
HGJの同僚の言葉に対し、ケントは全面的に賛成できないでいた。
皆見過ごしているが、そもそもハルという男が第一階層のエマーティノスを、たった一人で踏破してきたことに疑問を持つべきではないか。
あのダンジョンは調査範囲がやたらと広いし、モンスターは強く、数も多い。
たしかにパーティーで挑戦したからと言って、その人数に比例してモンスターの数も増えるので、難易度が極端に下がるわけではない。
しかし、仲間同士で弱点を補い合い、強みを活かして戦えば、凄まじい相乗効果を発揮する。これをパーティー戦術と言い換えても良いが、詰まるところ、パーティーの方が強いのだ。
フロアの調査だって人員が多ければ多いほど楽だし、謎解きのアイディアも一人よりは二人の方が出易い。
だがハルという男は、それをソロですべて解決してきたのだ。
ケントであれば到底無理。が、フェリクスならばそれも可能かもしれない。
だが例えフェリクスでも、ハルのように攻略するまで忍耐力・精神力を保てるのだろうか。
ソロで踏破しようとすると、一体どれほどの時間がかかるか分からない。それに鮮血のように赤いフロアは挑戦者の精神を蝕むし、無限に現れ続けるモンスターは休息を取らせない。
──あの男、やはり普通ではない。だがそれでも、さすがに次の階層の攻略は不可能だ。ソロで、なおかつキーアイテムなしではな。
ケントは自身の考えに満足すると、再び仲間との会話に戻った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ついに来ましたね、ハルさん。待っていましたよ」
この世界は硬直化していて、なんとつまらないことか。
以前のメタマイスはもっと混沌としていた。
ギラギラとした人間たちの欲望がぶつかり合い、血湧き肉躍る世界だった。
しかし今は違う。
その時代に登場し、安定化に貢献したことで評価されるようになったギルド。
いつの間にか、そのギルドにほとんどの迷宮は牛耳られるようになり、今やその枠から外れて攻略を目指そうとする冒険者は少ない。
だがその点、ハルという冒険者は面白い。
ギルドに頼る様子はなく、自らの能力と才覚で道を切り開こうとしている。
だからこそ誘ったのだ。
「早くここまで来て下さい。もしそうなれば、この秩序は、この世界は、一体どうなるのでしょう。本当に楽しみだ。……ふふふ、ふはははははっ!」
高らかな笑い声が、空虚なフロアに響いた。
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