第四話 パーティー②
「……なんだ?」
──ふう。初手は成功。次だ。
「じじ、じ、実は、お、俺な、仲間を、さが、探して、いー、てな?」
「お、おう?」
ハルはこうした勧誘の際、緊張のせいか、いつもの調子で話せなくなる。
が、反応は悪くない。もう一押しか。
「きききき、君、もし、もももし、よか、良かったら、パパパパパーティーを、くま、組まないか、ね?」
決まった。
「は? パパパパパーティー? ……ああ、そういうことか。パーティの誘いだな?」
「そそそそそ、そうだ」
これで成立、か。
「なんか、妙に清々しい顔してんな……。あんたウィザードか? ウィザードでその感じ、ちょっと不安だわ。すまんが他を当たってくれ」
「な……」
まさか……。成立を確信したのだが、なんということだ。
ハルは過去にもパーティーを結成しようとして、こういうことがあった。いいところまでは行くのだが、いつも結果は惨敗。
「……ん? なあ、あんたのその杖、まさかフィロソファーズ・ロングスタッフじゃねぇよな」
「こここ、これかね? そそ、そのまさか、だが?」
フィロソファーズ・ロングスタッフ。エレメントウッドという魔力を秘めた希少な木材から作られた、レア度がレジェンドに位置づけられる長杖である。最大製作限度数は100と、比較的希少な部類に入る。
「なに!?」
いきなり興奮した様子で牛男が立ち上がる。
「ま、まさかとは思ったが、こんなところでレジェンドのウェポンNFTが拝めるとはな……。じゃ、じゃあレベルは? あんたのレベルはいくつだ?」
「よよよよ、45、だが?」
「よ、40オーバー!?」
男が仰け反って口をあんぐり開けている。どうやら彼にとっては高レベルだったらしい。
「俺をパーティーに入れてくれ! 何でもする!」
「……は?」
──こ、これは逆勧誘? まさかのどんでん返しだ。ついに俺もぼっち、いや、ソロは卒業か。
「ももも、もちろん、だ。よよ、よろしく、たの、たのむ」
「いやっほー!」
牛男は力強くガッツポーズを繰り出した。
「あ、あのぅ」
振り向くと、プリーストとアサシンらしい、駆け出し感のある女冒険者が二人立っている。
「私たちも、連れていってもらえませんかぁ〜?」
連れていくという言葉に違和感を覚えるも、今日二度目の逆勧誘に目の奥が熱くなってくる。
「ももも、もちろん、だ、とも」
「「よろしくお願いしま〜す!」」
まさかこれほど簡単にパーティーを組むことができるとは思わなかった。もう少し苦労することを想定していたのだ。
職業のバランスも申し分ない。このパーティーならば攻略も不可能ではあるまい。
妹には心配されたが、この結果を伝えれば兄の威厳も保たれるというものだ。
「で、では、こ、ここ、これから、いく、イイイ、イリス、大迷宮の、説明を……」
「……え? 今、イリスって言ったか?」
「あ、ああ、そうだが?」
なぜか全員、血の気が引いたように真っ青な顔になる。
「す、すいませ〜ん! 私たちそこ、パスで〜!」
女冒険者二人は足早にその場から去っていく。
「ど、どうし、たんだ?」
「まさか行き先がイリスとはな。悪いが、俺も抜けさせてもらうぜ」
牛男の顔から表情が消える。
「な、なぜだ?」
「あんた知らないのか? あそこは今、ハンターギルドジャパンの支配下にあるようなもんだ。攻略しようなんて考える奴はいねぇぞ。もしそんなことをして睨まれちゃあ、冒険者を続けられなくなるかも知れねぇ。どうしてもって言うならギルドに入るこったな。まっ、俺は御免だがね」
そう言うと、牛男もまたその場を去った。
ハンターギルドジャパン、通称HGJは、日本にあるギルドの中でも一位、二位を争う巨大な組織だ。
ギルドというのは、よくファンタジー世界にありがちな冒険者ギルドとは別物である。現実世界に存在する組織であり、NFTや高性能ゲーム機器のレンタル、冒険者への教育事業などで急成長している企業だ。
そんな冒険者をサポートするための組織が迷宮を支配しているとは少々不思議である。
だが仮にそうだとしても、ハルにとっては挑戦を諦める理由にならない。やりたいことを自由にやれないのであれば、冒険者など続ける意味がない。
また、ハルにはギルドに入るという選択肢はない。なぜならそうして攻略できたとしても、大した分け前は期待できないからだ。
ギルドの一員として働くとなると、当前のことだが得られた富はメンバー全員で分け合うことになる。メンバーの数は十や二十どころではないから、得られる金では借金を払い切れない。ゆえに今回の目的にそぐわないのだ。
少数精鋭で挑み、富を独占する。これが最善かつ唯一の道だ。
再び仲間を探すために、ハルは片っ端から声をかけた。だが、どの冒険者もハルの装備やレベルには関心を示すが、イリスの名前が出ると慌てて去っていってしまう。
「くそっ」
思わず拳をカウンターに振り下ろす。ドンッという音が鳴るが、破壊不可オブジェクトのため木板はびくともしない。
まさかパーティーを組むのがここまで難しいとは。想定外と言う他ない。どうやら、どの冒険者もHGJに睨まれるのを避けたいらしい。あまりギルドと関わりを持ってこなかったハルには、その感覚が理解できない。
かなり前に、彼はHGJが出していたアイテム納品依頼を受けたことがある。普通にマーケットプレイスで販売するよりも買取価格が高かったのが理由だ。
もし、そういった依頼を受けられなくなるとしたらどうか。ギルドの依頼に依存していないハルには、痛くも痒くもない。
ならレンタルしている強力なウェポンNFTがあって、それを返せと言われたらどうだろう。これもやはり、それほど大きな問題とは思えない。
メタマイスは無料で始めることができ、NFTではないが初期装備も与えられる。一から始めたとしても、初心者向けの迷宮ならば攻略可能だし、運が良ければそれなりに強力な装備だって入手できる。もちろん、ハルもそうして成長してきた。
それ以外にも何か理由があるのかもしれないが、残念ながらそこまでHGJに詳しくはない。
何にせよ、思いのほかギルドに依存している冒険者が多いらしい。
お手上げだ。このままでは、迷宮挑戦のスタート地点にも立てない。
…………本当にそうか?
大迷宮はパーティーでなければ攻略不可とされている。だが今回の目的は迷宮の完全攻略ではない。高く売れる財宝を手に入れられれば良いのだ。
つまり部分的な攻略であれば不可能ではないかもしれない。これまで幾度となくパーティー推奨とされる迷宮をソロで踏破してきた。なら今回だって、挑戦ぐらいしてみても良いのではないか。
やってみる価値はある。と言うより、今はそれしか手がない。
やるか。
そう考え、ハルは顔を上げて店を出た。
大迷宮までの道のりは、町から歩いて数十分の距離。初めて行く場所なので、オープンワールドのゲームで必ずと言って良いほど存在する瞬間移動機能、ファストトラベルは使えない。
迷宮攻略において一般的に必要とされる回復アイテムを買い揃え、ハルは迷宮に向かう。
大迷宮イリスの第一階層エマーティノス。どれほど危険な場所なのか。強力なモンスターが出現するのか、それとも恐ろしい罠が待ち受けているのか。
「な、なあ、アンタ……」
緊張はあるが、不安はない。むしろ、未知への挑戦は楽しみでさえある。これこそが冒険者の醍醐味というものだ。
「おい! オレの声が聞こえていないのか!?」
突然後方から聞こえる声に振り返る。
「おっとすまない。考え事をしていてな。何か用か?」
紫色の髪に切れ長の目をした少年、といっても、ハルより少し年下といったところだろうか。人種はヒューマンで、軽鎧と剣の装備を見る限りウォーリアだろうか。
「え、えーっと……」
視線がぶつかると少年の目が泳ぎ始める。
「オ、オレが誰か分かるか?」
初めて見る顔だが、どこかで会っただろうか。
「悪い、覚えていないんだが」
「そ、そうか。いや、いいんだ……」
少年はがっかりした様子で目線を下げる。
ハルは申し訳ない気持ちになるが、知らないものを知っているとは言えない。
だがすぐに立ち直ったらしい。少年は両手を組むと、眉を寄せて鋭い目線をこちらに向けた。
「ア、アンタさっき、サビドゥリアで仲間を探していたよな?」
「それがどうかしたのか? ……ま、ままま、まさか、おお俺と、パパパパパーティーを組んで、くれるのか?」
「バババ、バカ言うなよ! そんなこと絶対、いや、ぜ、絶対じゃないが、あり得ない!」
顔を真っ赤にし、両手をぶんぶん振って拒否する少年。ハルはそこまで嫌がる必要があるのかと聞きたい衝動に駆られる。
「そうか。じゃあ一体何の用だ。俺を笑いにでも来たのか?」
「ち、違う! アンタ、元々ソロ専だったよな? 実はオレもそうなんだ」
少年は照れくさそうに言うと、真剣な表情でこちらを見て言葉を続ける。
「アンタほど誇り高くて凄腕の冒険者なら、大迷宮だろうとこれまで通りソロでクリアできるさ! あの酒場にいた連中は、アンタの強さ目当てに仲間になろうとする汚いヤツらだ。そんなのをいくら仲間にしても──」
「待ってくれ。君はどうやら俺を知っているらしいが、何か勘違いしているようだ。俺は別に大した人間じゃない。それにソロは好きだがこだわりがあるわけでもないし、パーティーの方が強いに決まっている。最後に、彼らを悪く言うのはやめてくれ。少しの間だったが、俺の仲間になってくれた人たちだ」
迷宮の攻略は危険であり、無理してまで貫き通すほどソロというやり方にこだわりはない。誰も仲間に出来なかったのは、大手ギルドの影響もあるだろうが、ハルが彼らに攻略の魅力やメリットを伝え、説得しきれなかったのも原因だろう。
「ソロにこだわりがない……だと? …………見損なったぞ! なら、オレが証明してやる。ソロが最強だって、アンタに証明してやる!」
少年は声を荒げてハルに指を突きつけると、そのまま瞬時に姿を消した。ファストトラベルでワープしたらしい。
「なんだったんだ、あいつ?」
一体何をしに来たのか分からない。勝手にがっかりして、照れて、最後は激怒して消えていった。
ああいう手合いにはできる限り関わらない方がいい。19になったばかりで人生経験が長いとは言えないが、そのぐらいのことは分かる。
それよりも、こんなことをしている場合ではない。
ハルは気を取り直すと、大迷宮イリスへの道を再び歩き始めた。
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