第三話 パーティー①

大迷宮への挑戦。母には悪いが、少々楽しみに感じる気持ちもある。


すぐにでも始めたいところだが事前の調査は必須だ。


家に戻った晴清はPCを起動し、インターネットで調査を開始する。


現在メタマイスに存在する迷宮は、大迷宮が3、小〜中迷宮が合わせて100ある。3つの大迷宮のうち2つは攻略済みであり、目玉となる財宝が採り尽くされているから行く意味はない。


最後の一つ、大迷宮イリス。先ほどのNPCから誘われた迷宮と同じものだ。


出現したのが比較的最近であり、現在も多くの冒険者が攻略せんと挑戦を続けているらしい。神が作ったという設定の迷宮で、神話のモンスターが中を彷徨うろついているのだとか。


イリスの製作者はメタマイスの運営ではなく、一人のクリエイターによるものだ。


メタマイスの世界では土地や建造物もNFTであり、それぞれランドNFT、アーキテクチャーNFTと呼ばれている。それらが揃っていれば、誰でも迷宮を作ることができるのだ。


クリエイターの名はノロッパ氏。謎が多い人物だが、生産をメインに活動しているプレイヤーと考えられている。


ちなみに、メタマイスに生産職はない。現在はウォーリア、アサシン、プリースト、ウィザードという四種類の戦闘職のみだ。それでも生産系のスキルはかなりの種類が用意されており、戦闘が苦手なプレイヤーはそれらを身につけて様々なアイテムの製作を楽しんでいる。


ノロッパ氏もおそらくそういう類のプレイヤーなのだろう。これまでに、ウェポン・アーマー・アクセサリー・コスメ・アーティファクトといった数々のNFT製作を手がけ、そのどれもが高く評価され、数千万という高値で取引されるものまである。


そんな彼の作品が迷宮の中で手に入る。それも複数だ。挑戦する価値があるのは言を俟たない。


だがそもそもクリエイターが迷宮を製作することに対して、こんな疑問も浮かぶ。製作した品を販売するならともかく、迷宮に配置してタダで冒険者に配ることに何の意味があるのかと。


当然、そんなことをする愚かな人間はいない。クリエイター製作の迷宮へ入るには金がかかるのだ。


イリスの入宮料は500マイス。なんと日本円で約五万円だ。


入るだけでこの値段はかなり高額である。そして、一度迷宮から出たり死んでしまうと、失敗とみなされる。再び入ろうとするとまた入宮料が取られるのだ。


尚、メタマイスのNFTには著作権があり、NFTの取引が発生するたびに著作権者へ一部が還元される仕組みとなっている。


そうしてクリエイターも生計を立てているのだ。


──それにしても高いな。これじゃあ挑戦できる回数はかなり限られる。2回、いやギリギリ3回か。それまでに、なんとか金になる財宝を見つけるしかない。


晴清は引き続きイリスの調査を進めるが、内部の情報については全くと言っていいほど出てこない。情報サイトによれば、第一階層の名前がエマーティノス​​で、そこは階段だらけのまさしく迷宮になっているらしいという情報だけだ。


また、掲示板の噂によれば、現在最も攻略を進めているのは大手ギルドに所属しているプレイヤーらしい。


これ以上の調査は無意味と判断。しばらく家から出ないだろうと、近くのコンビニで食料を調達し、スマートフォンに通知がないことも確認。仲間探しのためメタマイスにログインした。



仲間探しといえば町だ。冒険者御用達の酒場はパーティー結成希望者で溢れかえる。


冒険者はなぜパーティーを組みたがるのか。それは仲間という何か尊いものを求めるからと言うよりは、むしろ即物的な理由が大きい。


パーティーを組んで迷宮に入ると、モンスターの出現数が増える。その結果、NFTのドロップ率も増える。つまり、経験値と金が効率的に手に入るのだ。


もちろんそれ以外にもメリットはある。例えば、バランスの取れた職の組み合わせでパーティーを組めれば安定して成果をあげられる。


低レベルの冒険者であれば、高レベル冒険者のパーティーに入ることができれば攻略は楽になり、キャリーしてもらうこともできるだろう。


また、そもそもボスが強すぎてソロでは討伐できない場合もある。


なんにせよ、の冒険者はパーティーを組むのだ。


ハルはと言えば、一人の方が自分の思い通りにプレイできるからという理由でソロを好んでいる。パーティーともなれば、一人の願望が全て優先されるわけではない。それに、他者との協調も求められる。決してパーティーを組むことができなかったからではない、というのが彼の主張である。



冒険者が最も集まる、始まりの町エクスプロリア。相変わらず多くの人で賑わっている。


人種も様々だ。ヒューマン、エルフ、ドワーフ、セリアンスロープと、メタマイスで現在選択できる全ての種族が道を行き交う。ハルと同じヒューマンが一番少ないのは、人の変身願望の現れなのだろうか。


この中の誰がプレイヤーで誰がNPCか、実はよく分からない。何か印のようなものが表示されるわけでもないし、特段外見の違いというものもない。


冒険者をしているNPCは存在しないので、装備から何となく推測できないこともない。しかし、町民プレイを楽しむプレイヤーもいるから確実とはいえない。


またコスプレというのか、かなり変わった服装をしているプレイヤーも多い。


猫系のセリアンスロープだろうか、数人の若い女が可愛らしいメイド服で闊歩している。また完全にアニメキャラそのものといった服装の白髪エルフも、本屋で魔法書を物色している。


しかし侮ることなかれ。コスプレにしか見えない彼らの装備が実は強力なアーマーNFTだった、などということはよくあるのだ。


建物を見ると、中世ヨーロッパ風の建築が多い。だがメタバースという性質上、セールスやマーケティング目的で現実世界から出店している店舗もあるため、それなりにカオスな様相を呈している。


特にファストフードやカフェ、スーパーマーケット、百貨店の出店が多い。オーク肉のハンバーガーを売る真っ赤な店舗や、スライムフラペチーノなる飲み物を提供する緑色の店舗はずいぶん目立っている。これでも中世ヨーロッパ風にしようと努力したらしいが、その時代にここまでビビッドな色使いの店舗があったはずはない。


ちなみにこの町で最も人気の酒場が、そういった現実世界にある店ではなく、実はいかにもファンタジー世界にありそうな中世ヨーロッパ風の店であったりする。


それがここ、サビドゥリアだ。


店内はいつものように客が多い。それに、心なしか店員の動きが忙しないように見える。


壁側はカウンター席になっていて、少しの隙間を開けてソロらしき冒険者がお互いの様子を伺っている。声をかけるタイミングを見計らっているのだろう。


中央ではパーティーの結成に成功したらしい冒険者がテーブル席に座り、楽しげに迷宮攻略の計画を話し合っている。


あまり空きはないので、順調に成立していっているらしい。


コーヒーを注文すると、ハルは壁際のカウンター席についた。


チラリと隣を見ると、牛系のセリアンスロープと思われる男。肥大した筋肉の上に纏うのは重厚な甲冑。おそらく職業はウォーリアだろう。


ハル自身の職はウィザードであるため、前衛は何としても欲しい。早速声をかける。


「あ、あああああ、あの……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る