41 姉にお仕置きされるキャサリンー1

 一方、セシルもたくさんの男性からダンスを誘われていたけれど丁重に断わり、早速私の側に控えて侍女のように世話を始めた。


「まだ、侍女の仕事はしなくて良いのよ。今日はお客様としてパーティを楽しんでちょうだい。後日、正式な雇用契約を結びますからね」


「はい、ありがとうございます。ですが、この瞬間から侍女の仕事をしたいです。婚約破棄されてからというもの、訪ねてくれる人もなく、ずっと田舎の別荘に引きこもり家族だけで暮らしていました。ですから、自分の仕事ができたことが嬉しいのです」


 穏やかに微笑んでいる目の奥には、心からの幸せがにじんでいるようだった。


(良かった。セシルは私に好意的だし、感謝の気持ちも感じられる。うまくやっていけそうだわ。でも、キャサリンは……)


 男性たちに誘われるままに、にこにことダンスに応じている。はしゃすぎのような気もしてひやひやしてしまう。やがて、キャサリンは頬を染めながらセシルのところに来て、嬉しそうに耳打ちした。


(姉妹で内緒話は微笑ましいけど嫌な予感がするわ。キャサリンはかつての婚約者と続けてダンスを三回もしたのよね)


「まぁ、バカなことを言わないで。アンドレ卿に非常に失礼なやり方で婚約破棄されたことを忘れたの? なのに、観劇に誘われたと喜ぶのはあり得ないわよ。断りなさい。あの方には既に新しい婚約者がいます」


 私とナサニエル様は顔を見合わせて驚いた。あの短時間の間によりを戻そうとするアンドレ卿の神経がわからず戸惑っていると、本人が両親を伴ってこちらに歩いてくるじゃない!


 小太りで赤ら顔のテランス侯爵とその夫人が、とても素晴らしい笑顔で近づいてくるわ。思わず私はナサニエル様に手を伸ばす。すると、しっかりと私の手を握り、その甲に唇を寄せて微笑む笑顔が……あぁ、世界の至宝すぎて目が痛い! へにゃりと私の頬が緩んだところで、テランス侯爵とアンドレ卿に挟まれた。


「デリア嬢。キャサリンとアンドレは嫌いあって別れたわけではありません。むしろ、二人は好きなのに無理やりあの事件で引き離された被害者です。この機会にいま一度、二人の愛を認めてあげたい」


「はぁ。そうなのですか」


「はい! アンドレはまだキャサリン嬢への情が残っていて、叶わぬ恋に苦しんでおりました。今宵、グラフトン侯爵家に許されたキャサリン嬢なら、我が家に嫁ぐのにふさわしい」


「は? そうだとしても、既にアンドレ卿には新しい婚約者がいますよね? お気の毒だと思わないのですか?」


「いえいえ。以前のアンドレは、キャサリン嬢と婚約しており仲も良好でした。先に婚約していたのはキャサリン嬢ですから、優先させても大丈夫でしょう。相手は子爵家のご令嬢なのでどうってことない」


 あり得ない理論にあきれ返り、なんと言って良いのか悩んでしまう。


「キャサリンの姉として、そんなことは認めませんわ。グラフトン侯爵家の庇護下に入ったキャサリンが惜しくなっただけですよね? だとしたら……」


 セシルはそこで口をつぐんだ。セシルの立場でテランス侯爵にはそれ以上言えるわけがない。私が代わりにその言葉の先を言ってあげましょう。


「だとしたら、もっと良い条件の令嬢が現れたら、すぐにそちらに乗り換えそうで信用できませんね。キャサリンは既に私の専属侍女です。私にはキャサリンが幸せになる未来を考えてあげる義務があります」


「っ……まさか、好きあっている二人の仲を裂くのですか?」


「後日、また日を改めてお話を伺いましょう。このような場所で話すことではありません」


「酷いです! やっぱり、デリア様はまだ私たちを貶めたいのですね。そうやって専属侍女にして助けるふりをして、いざ幸せになろうとすると邪魔をするんだわっ! 瞳も赤いし、あなたってまるで悪魔みたいよっ」


 この赤い髪と瞳はペトルシューキン王国の王族の色よ。私は隔世遺伝なのだ。それを悪魔と表現するとは……。横に立っていたナサニエル様の瞳がすっと細められて、大広間の気温が一気に下がった。私の容姿を貶したキャサリンをナサニエル様は絶対許さない。


(なんで、こうなるの? 断罪するためにキャサリンを招いたわけじゃないのにっ!)


 これでは、お父様もお母様も怒ってしまう。



 ところが、セシルがキャサリンに向かって手を振りかざすと、大広間に小さな竜巻が生まれて……どうやら、セシルはキャサリンを自分でお仕置きするつもりみたいだわ。


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