39 墓穴を掘ったブレイン

 でも、常識的なのはその言葉だけで行動が問題だった。私は次期グラフトン侯爵であり、イシャーウッド王国とペトルシューキン王国の王族の血が流れている。


 それに対して、彼は格下のターヴィル伯爵家のうえに跡継ぎでもない次男。現時点で、このような公の場で、私に気さくに話しかけてくるだけでも、場の空気を読めないマナー違反な男性なのよ。


「なんとも素晴らしいですな。しかし、スローカム伯爵といえば神聖なる法廷で、水魔法を使った愚か者でしょう? そのご子息をデリア嬢が選ばれるとは、純粋なる驚きですな。美しい男がお好きならば他にもたくさんいますぞ」


 おまけに、ブレイン卿の父親までしゃしゃり出てきたわ。


「ナサニエル様は顔だけの方ではありません。性格も良いですし、礼儀正しくて、いつも謙虚でいらっしゃいます。そして、ここが一番大事なことですが、私をとても大切にしてくださいますわ」


「そんな条件なら我が息子ブレインも十分資格がありますよ。デリア嬢ほど美しければ、ブレインだって大切にするでしょう」


(ナサニエル様以外の男性なんて興味ないのだけど!)


 ターヴィル伯爵の視線が、私の顔と体をゆっくりと品定めするかのように向けられた。バカな人たちだ。ここはグラフトン侯爵家でこの私にそのようなことをしたら……


 次の瞬間、急激に大広間の気温が下がった。少し離れた位置で談笑していた両親が、ゆっくりと私たちのほうにいらっしゃった。お父様とお母様は私のことになると、神経を隅々まで研ぎ澄ませている。これぐらいの距離なら、私がなにを言われたかなんて、全てわかってしまうのよ。


(いわゆる地獄耳なのよね)


「親の罪が子供の罪になるわけではない。家名がなくなっても心を強く持ち、未来に向かって努力する若者をけなす権利は誰にもないはずだ。それと、ターヴィル伯爵たちは常識がなさすぎる。魔法騎士団の副団長補佐だから、気軽にナサニエル君とデリアに声をかけたのだろうが、ここはグラフトン侯爵家だ」


「社交界の常識を知らないはずはありませんよね? 格下の貴族は格上の貴族に先に声をかけてはいけませんのよ? デリアは次期グラフトン侯爵です。それにしてもブレイン卿の髪の毛は邪魔ですわね。目に髪が入って視力が落ちますよ」


 お母様は火魔法でブレイン卿の前髪だけをほんの少し焼き切った。毛先がチリチリになっていたけれど、視力が落ちるよりマシよね。お母様はやっぱり優しい。


「な、なにをするんですか! 本当に余計な親切をする人たちですね。バッカスのことだってそうさ。あいつは片足をなくし義足になった体で生き恥を晒しています。魔法騎士は魔獣と戦うことで名誉ある死を迎えることができるのですよ。その死は他の騎士たちに尊敬され、後世に語り継がれるんだ」


 ナサニエル様がバッカスを助けたことを責めているみたい。


「名誉より命が大事だ。生きていれば良いことだってたくさんあります」


(そうよ! ナサニエル様の言う通りだわ)


「はっ! 一生杖をついて生きていくことは、魂を消耗させるだけだ。名誉ある死こそが美しい。なにもわかっていないのですね」


(まぁ、おバカさんだわね。お父様とお母様の前で、あんなことをおっしゃるなんて……可哀そうに)


「そうか! わかった。早速、明日にでも国王陛下に進言しよう。『ブレイン卿は平民騎士団に混じり名誉ある死を望んでいます!』とな。いや、なに、私の頼みなら国王陛下は断れんから大丈夫だ」


「そうですわね! でしたら、私も旦那様と一緒に国王陛下にお願いしてきますわ」


 ブレイン卿は顔面蒼白になって、大理石の床に膝から崩れ落ちたのだった。




 <◆><◇><◆>



 このパーティにはナタリーの姉二人を招いていた。彼女たちはナタリーのせいで婚約破棄されたかわいそうな令嬢たちだった。

 二人とも格上貴族に嫁ぐことが決まっていたため、予定通りサーソク伯爵には彼女たちの従兄がなった。行き場をなくした彼女たちを助けたい。


 だって、今の私が幸せなのに放ってなんておけないわ!

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