17 グラフトン侯爵閣下に会う(ナサニエル視点)

 グラフトン侯爵家に向かう私は、デリア嬢に差し上げる鳥の巣箱を抱えていた。

綺麗な包装紙で包み赤いリボンもかける。それとは別に、王都でも人気の色鮮やかなマカロンも持参した。

 初めての訪問ではディナーまでご馳走になったのだ。本当は花束も添えようと思ったが、私は婚約者でも恋人でもない。


きっと、迷惑に思われる。

デリア嬢とはそんな関係ではない。

そして、今後もそうなる見込みは皆無なのだ。


 弟があんな不始末をしでかして、私がデリア嬢の新しいお相手になれるはずもないし、そのような図々しいことを考えてはいなかった。身の程をわきまえる、これはとても重要なことなのだ。


☆彡 ★彡


 グラフトン邸の門番に顔を見せると、愛想良く門を開けてくれる。屋敷までゆっくりと歩く私の足はわずかに震えていた。

 執事に出迎えられて玄関からサロンに向かう廊下の距離が、今の私には途方もなく長く感じられた。まるで死刑の宣告を受けた罪人が、絞首台に向かうような気分だった。


 グラフトン侯爵夫人とデリア嬢は優しかったが、当主のグラフトン侯爵閣下はそれほど甘い人物ではないはずだ。貴族のなかでも圧倒的権力と影響力を誇る方だ。


 ある意味、どの公爵家よりも力がある。それは、大国ペトルシューキンの王家の血筋も引いているからだ。


 ペトルーシュキン国王はグラフトン侯爵閣下と仲が良く、デリア嬢の誕生日には馬車三台ぶんのプレゼントが届くという噂もあるくらいだ。


 外交が得意なグラフトン侯爵閣下は外務大臣の職にも就いており、仕事においては有能かつ冷静で誠実な態度で取り組む。

 だが、敵対者には冷酷無比な態度で臨み、容赦ない判断を下すということは、文官の間では有名だった。


 断罪の場に向かう罪人の気持ちがわかる。まさか、自分が大貴族に弟の不始末を詫びる立場になるとは思わなかった。この場合、まさに私は敵側の人間にほかならない。グラフトン侯爵家の力をもってすれば、魔法庁に働きかけて私を解雇させることもできるのだ。


できることならこの場から逃げ出したい。

だが、それは卑怯者のすることだ。自分の吐いた言葉には責任を持たなければならない。 

深呼吸をしろ! 卑屈になるな! 大丈夫さ、私ならできる。

いつだって自分を励ましながら生きてきた。

幼い頃から人に頼ることなどできなかった。

自分の力を信じて頑張るしか、スローカム伯爵家では許されなかったのだから。


サロンに着くと、既にグラフトン侯爵夫妻がソファに座っていらっしゃった。残念なことにデリア嬢はこの場にいない。


「お忙しいなか、お時間をとっていただきありがとうございます。まずは、クラークの愚かな行いに対してお詫びを申し上げます。大変、申し訳ございませんでした」

 声が少しだけ震えたが、そのまま真っ直ぐとグラフトン侯爵の目を見続けた。


 落ち着け、落ち着くんだ。


「ふむ。まずはそこにかけたまえ。ナサニエル君の話を聞こうじゃないか。デリアに言った『あの行動の責任は私にもあるのです』とは、どういう意味かな?」


「実は愚かな嫉妬心から『結婚したらグラフトン侯爵家の奴隷になる』と言ってしまいました」


「ほぉ? 面白いな」

 銀髪に端正な顔立ちのグラフトン侯爵家閣下が微笑んだが、その目は全く笑っていなかった。


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