18 お金でしか誠意を示せないのが辛い(ナサニエル視点)
「申し訳ありませんでした。実際、そのように思っていたわけではないのです。弟を嫌な気分にさせたかった。愚かな兄の妬みです。両親に甘やかされ、それを当然と思っている弟が嫌いでした」
「そのような嫉妬は当然だと思いますわ。ナサニエル様が努力を重ねる一方で、怠け者の弟が侯爵家の婿になるのです。意地悪のひとつも言いたくなるでしょう」
グラフトン侯爵夫人の声は慈愛に満ちていた。前回と同じように、優しい眼差しで私を見ている。
「『奴隷』と言った言葉は不適切だったとは思うよ。だが、それでクラーク君の行動が全てナサニエル君のせいになるとは思わないな」
グラフトン侯爵閣下は穏やかな声だったが、私を値踏みしているような視線が痛い。
「クラーク様はグラフトン侯爵家では『奴隷』というより『お客様』でしたわ。私たちはとても彼を大事にしていましたからね。奴隷になると本気で思い込んでいたとは思えませんわ。羽目を外したい理由探しをしただけでしょう」
「それだけではないのです。『結婚する前に遊んでおくことさ』とも言いました」
「『結婚する前に遊んでおくことさ』と兄に言われたので、グラフトン侯爵家をコケにし、ナタリー嬢と仲良くなったと言うのか? ばかばかしい。自分の行動を兄の発言のせいだけにするとはどうしようもないクズだな」
「申し訳ありません。クラークが援助していただいたお金は私が返済します。利息も含めた金額はこちらにお持ちしました」
「なぜ、ナサニエル君が払うのだね? これはスローカム伯爵家の当主が払うべきお金だし、慰謝料もしかり。謝罪に来るのも家督を継がない君の役目ではない。兄としてくるのなら、スローカム伯爵家を継ぐはずの長男が来るべきだ」
「申し訳ありません。マクソンス兄上を連れてくるのは無理です。父上からもこの責任は私がとるようにと言われています。まだ勤めはじめて二年目でして、これしか貯金がありません。自分がした不適切な発言の責任なので、お納めください」
私は用意してきた札束を入れた封筒をテーブルの上に置いた。グラフトン侯爵閣下は封筒の中身を確認すると「多すぎる」と眉をしかめた。
「これが私にできる精一杯の誠意です。愚かな弟のせいでデリア嬢の心を傷つけました。格下貴族に婿入りする予定の者から侮られて、自尊心やプライドだって損なわれたはずです。私だったら、決して一瞬たりとも悲しませることはしなかった。償いとしてはお金で示すしかないと思いました」
「ナサニエル君だったら、一瞬たりともデリアを悲しませないと、言いきれるのかね? あの子は強く見えるが思いのほか繊細だ」
「はい、私がクラークの立場だったなら、どんな時も寄り添って悲しませることはしないと誓えます。あんなに綺麗で高潔な存在に涙を流させるなんて神への冒涜です!」
しまった。
力を入れすぎて肯定しすぎた。
これでは、交際を申し込みに来た不埒な男に見られてしまうかもしれない。
そんな資格は私には少しもないのに・・・・・・
「ふむ。それは私も同感だ! デリアは私の大事な愛娘だからな。あの子に悲しい涙を流させる者は・・・・・・徹底的に潰す」
グラフトン侯爵閣下は私と同じ氷魔法の使い手のようだ。一気にサロンの気温がぐっと下がる。
「旦那様。魔法が発動していますわよ。氷魔法をサロンでかけないでくださいませね」
グラフトン侯爵夫人が火魔法で慌てて暖炉に火をつけた。メイドにお茶の準備をさせると「デリアを呼んで来ますわ」と言いながら席を立つ。すかさず、私は持ってきたプレゼントをテーブルに置いた。
「デリア様に渡したくて、鳥の巣箱とマカロンを持ってきました」
「まぁ、素敵! デリアがとても喜ぶますよ。なにしろ、朝からそわそわして庭園を行ったり来たりで大変でしたのよ。ドレス選びも何時間も迷って、何色を着てもあの子は充分綺麗なのにねぇ」
「もちろんです! どんな色でも絶対に似合います」
やがて、サロンの扉が開き頬を染めたデリア嬢が入って来た。エメラルドグリーンの色鮮やかなドレスにターコイズブルーのピアスが輝く。
「なるほどな。それがデリアの気持ちか・・・・・・」
グラフトン侯爵閣下がぽつりと呟いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます