11 クラークの責任をとれ?(ナサニエル視点)

 私はスローカム伯爵家の次男としてこの世に生を受けた。凡庸な長男マクソンスは跡継ぎとして大切にされたし、病弱な三男クラークは末っ子として溺愛されていた。


「ナサニエルは自分の力で生きていけるよう日々精進しろ。爵位も財産も全てはマクソンスのものなのだから」


 いつも父上から言われていた言葉だ。そのため必死に勉強した。魔法学を極め古代語で書かれた秘術書なども読めるようになったし、歴史学は元から好きだった。修辞学に弁論術の研究なども積極的に取り組んだ。


 その一方でクラークは甘やかされたままだ。ある日、グラフトン侯爵家のデリア様の婚約相手にクラークを推したと聞き、私はつい抗議の声をあげた。その当時の私は王立貴族学園の寮に入っていたが、週末ごとに父上に呼びつけられ領地経営の面倒な部分を押しつけられていた。


「なぜ、私ではないのですか? あちらの婿になる条件は相当厳しいはずです。クラークより私のほうが遙かに優秀なのはわかっていますよね?」


「クラークは騎士になるほど丈夫ではないし、文官になれるほどの才覚もない。兄なのだから病弱な弟に譲れ。クラークがデリア様に気に入られるように、兄として助けけろ」

 父上の言葉は絶対だ。


「そうよ。ナサニエルは聡明で、なんでも器用にこなすでしょう? 他家の婿になるなどという安易な道ではなく、自らの可能性に懸けなさい。身体の弱いクラークが可哀想だと思わないの?」

 母上は僕を冷たいと責めた。

 

 クラークが本当に病弱だったならば話はわかる。だが、あいつは病弱なふりがうまいだけだった。幼い頃に咳き込んだり熱が出たのは、きまって厳しい家庭教師の授業前だ。


 都合の良い身体だよ。

 クラークはただの怠け者にすぎない。

 ずっと甘やかされて、これからも楽な人生を与えられる。


クラークとデリア嬢との婚約が決まるまでの間、クラークの借りてきた本を読み要点をまとめてやったのは私だ。グラフトン侯爵家の方々に気に入られるような話題も準備したし、この婚約が成立するように努力したのも全てこの私なのだ。しかし、そのご褒美を受け取るのは私ではない。愚弟のクラークだ。


「これでクラークはデリア嬢に逆らえないな。はるか格上の筆頭侯爵家に婿入りするのだから、結婚したら奴隷だな」

 婚約が決まった際に、私が吐いた言葉だ。醜い嫉妬に過ぎないのは自分でもわかっていたが、言わずにはいられなかった。


「え? だって、あのグラフトン侯爵家は僕が継ぐことになるのでしょう?」


「グラフトン侯爵家はデリア嬢が継ぐに決まっている。クラークはただの婿で、なんの権限もないさ。だが、贅沢だけはできるだろうから安心しろ」


 これは紛れもない事実だ。格上貴族の婿になるのだから、始めから与えられる権限などあるはずもない。デリア嬢を大切にし支えていくのが、婿としての務めに決まっている。もちろん、あちらには潤沢な資産があるから、スローカム伯爵家よりはずっと贅沢はできるだろう。


「・・・・・・奴隷・・・・・・そんなの嫌だ・・・・・・」


 グラフトン侯爵家に婿入りすることがどれほど幸運なことか、クラークは自覚していない。家族の一員に迎えられ美しい妻を持て、いずれはデリア嬢との子供にも恵まれる、輝かしい未来のある奴隷なんてどこにいる? 奴隷なんかじゃない事実に早く気づけよ。 


「まぁ、学園生活を謳歌することだな。結婚する前に遊んでおくことさ」


 わたしは冗談で話を締めくくった。幼い頃から仮病ばかり使ってきたクラークが許せなかった。自分はなんの努力もしないのに、美味しいところばかりを奪っていく弟が嫌いだった。




☆彡 ★彡



 

 王立貴族学園での頑張りが認められ、魔法庁に勤務することになった私は、学園の寮から魔法庁の宿舎に移った。それからのわたしは、弟のことなど思い出しもしなかったし、スローカム伯爵家に帰ることもなかった。


 ところが、一年と数ヶ月が経過した頃、私はスローカム伯爵家に呼びつけられた。


「ナサニエルのせいでクラークは婚約破棄され、スローカム伯爵家は慰謝料まで請求されておる。お前が全て責任を取れ!」

 私が屋敷に着くなり、両親は怒りで顔を歪ませて、私を睨み付けたのだった。 

 

 

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