12 こんなことで勘当されるのか?(ナサニエル視点)

「クラークの学費は半年以上前からグラフトン侯爵家が払っていた。その学費と慰謝料は、お前が先方に返済しろ。それと、スローカム伯爵家はマクソンスの投資の失敗で大借金を背負った。魔法省の年俸はとても良いだろう? 貯金を全部寄こせ。これから毎月こちらに仕送りをしてもらおう!」


「嫌です! クラークも兄上も自分の失敗は自分でとるべきです。私自身は返済する必要のない特待生の奨学金で学園に通いましたし、寮費もかかりませんでした。一番あなたがたの世話になっていない息子です」


「生意気を言うな! 生んで育ててやった恩を忘れるな。お前が魔法省に入れたのは誰のお陰だと思っているんだ?」


「自ら努力した結果だと思っています。クラークのことは私も言いすぎました。ですから、あいつの学費はグラフトン侯爵家へ返済します。だが、慰謝料は本人が払うべきだ」


「この親不孝者め! お前なんぞ勘当するぞ!」


「いっそ、そのほうが清々しますよ。魔法庁には平民もたくさんいますからね。勘当されたところで痛くもかゆくもありません」


 私はそう言いながら、屋敷を足早に立ち去った。幼い頃からモヤモヤしていた気持ちが増幅していく。


 なぜ、いつも私ばかりが重い負担を強いられる?


「スローカム伯爵家のために、長男を支え病弱な弟を助けろ」と言われ続けた人生だった。甘やかされた兄弟たちに比べ、なにかにつけて我慢させられた場面が次から次へと頭をよぎる。


 私は親から金をあてにされる息子で、親にとっては金づるに過ぎないらしい。不覚にも涙が頬を伝わり、悔しさに唇を噛んだ。


 この世は平等ではない。特に親の愛は平等ではないんだよ。



 ☆彡 ★彡


 

「私はスローカム伯爵家の次男で、ナサニエルと申します。グラフトン侯爵閣下にお会いしたいのですが、会っていただける日を聞いていただけませんか?」

 それから数日後の公休日に、私はグラフトン侯爵家のタウンハウスを訪問した。門番に要件を伝えると、まもなく屋敷のほうから、深紅の髪と瞳の美しい女性がゆっくりとこちらに歩いてきた。


「なぜ、クラーク様のお兄様がこちらにいらっしゃったのですか?」

 

「愚弟に代わりお詫びを申し上げたいのと、融通していただいたお金を返済したいのです。弟がデリア嬢を裏切るような事件を起こし、申し訳ございませんでした。ですが、あの行動の責任は私にもあるのです」


「どういう意味でしょうか? クラーク様のしたことはクラーク様の責任でしょう?」


「グラフトン侯爵閣下の前で理由をご説明します。実際、わたしが弟に心ない言葉を吐いたのは事実なのですから」


「顔色がとても悪いですよ。お母様も同席しますから、一緒にお茶でもいかが? お父様は領地におりまして、多分三日後の午後ならお時間がとれると思いますわ」


 重厚な門扉が開かれ、グラフトン侯爵家のタウンハウスに向かう。かなり広い敷地だ。王都にこれだけ大きな屋敷を構えることができるのは、グラフトン侯爵家がそれだけ繁栄しており、絶大な力を持っていることの証でもある。


 案内されたサロンも豪華で上品な調度品がバランス良く並ぶ。来客用の茶器のセットは王家も使用している高価な磁器で、添えられた焼き菓子もおしゃれだった。


「このようなことをしていただく立場ではないのですが、せっかくのご厚意ですので遠慮なくいただきます」

 紅茶を含んだ瞬間に豊かな風味がひろがり、芳醇な香りが鼻に抜けた。きっと、これが最高級の茶葉の味なのだろう。


「美味しいですね。身体が温まります」


「やはり、ナサニエル様が幼い頃から病弱だったというお話は本当でしたのね。デリアが言うように顔色がとても悪いわ」

 グラフトン侯爵夫人が心配そうに私を見つめた。


「え? 私は健康ですよ。むしろ、病気はほとんどしたことがありません。顔色が優れないのは寝不足かもしれないです。最近、仕事が忙しかったものですから」


「ナサニエル様は魔法庁にお勤めですものね。私はナサニエル様を娘婿にと望んでおりましたのよ。ですが、病弱だという理由でスローカム伯爵夫人に辞退されました。代わりに同じように優秀なクラーク様を薦められました。確かにクラーク様の成績簿は素晴らしかったですが、学園での成績はそれほどでもなかったようですわね」


「クラークの成績簿が素晴らしいですか? そんなことはなかったはずですが」

  咄嗟に否定の言葉がでてしまった。家庭教師が来ても仮病を使って逃げていたのだ。素晴らしい評価などつけられるわけがない。


 グラフトン侯爵夫人とデリア嬢も顔を見合わせて首を傾げていた。想定内ではあったが、わたしの両親はクラークの成績を偽装したらしい。


「デリア、庭園をご案内して。ナサニエル様、ゆっくりしていきなさいませ」


「いいえ。庭園まで案内していただくなんて身に余ることです。私は帰ります」


「クラーク様はいつも遠慮しない方でしたよ。グラフトン侯爵家にいらした時はディナーのデザートまで指定されたこともあります」


なんとも恥ずかしい弟だ。


「弟がご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした」

 頭を深く下げながら、弟の常識のなさを詫びる情けなさに涙が滲んだ。


「お母様! ナサニエル様にそのようなことを言わないで。この方はクラーク様とは異なる種類の男性です。容姿も中身も格段に上ですわ」


「確かにね。クラーク様より遙かに優秀な次男を、婿に差し出したくなかったスローカム伯爵夫妻の考えが透けてみえますわね」

 

 グラフトン侯爵夫人は私に微笑みながらも瞳の奥に怒りを滲ませたが、なぜかデリア嬢は私を庇うようにグラフトン侯爵夫人をたしなめた。


「お母様。ナサニエル様を虐めないで!」

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