第14話 王女は猫が好きらしい

 いつものごとく、王女様と執事を連れてスイーツの店へ。


 道中、王女様がこちらを見ながらそわそわしていた。一体どうしたのだろう?



 席に着くなり、王女様が口を開いた。


「そ、そのモンスターは、どうなされたのです……?」


 肩の上に乗っているシロに、王女様の目が釘付けになっていた。シロの存在が気になっていたのか。


「こいつはダンジョンで出会った猫です。従魔契約をしたのでペットみたいなものですかね」

「ニャウ!」

「まぁ! か、かわいい過ぎますわっ!?」


 声から興奮が伝わってくる。


 この人猫好きか。そういえばつけている仮面も猫っぽいもんな。


「少しだけ、触らせてもらえますでしょうか……?」

「どうだ、シロ?」

「ニャ!」


 シロは元気よく返事をすると、俺の肩から軽やかに飛び上がり、王女様の膝上に着地した。


 王女様は仮面を外して、目があったシロを愛しそうに見る。胸の前で握っていた手を伸ばし、そっとシロの頭を撫でると、途端に至福の表情になった。


「はぅ!? や、柔らかくて、ふわふわですわっ!?」

「確かに。シロの触り心地は中々のものです」


 俺が宿でプログラミングをしていたとき、シロがパソコンの上に乗っかり、かまって欲しいアピールをしてきた。


 仕方なく膝の上に乗せて撫で回したのだが、子猫らしくふにゃふにゃだった。


 王女様はうっとりした表情で、一心不乱にシロを撫で回したり、抱きしめたりしている。


 執事はといえば、何やら青ざめた表情でその様子を見ていた。


「セバスさん、どうかしました?」

「……ゲ、ゲンゴー様。まさかシロ様は、災害級モンスターとされる、あのベヒーモスでは!? それに加えて、色が白いということは変異種。まさか、さらに上位の存在……?」

「そうなんですかね? 実はあまり詳しくないんですよ」

「私が昔冒険者をしていた頃、実物を見たことがあるのです。その姿はまさに黒き暴威。見た瞬間危険だと察知し、仲間とともに死にものぐるいで逃げたのですが、そのときに見た姿とうり二つです……」


 セバスさんが言うなら間違いないだろう。災害級のモンスターとはおどろきだが、シロが妙に強いことにも合点がいく。


 それより、セバスさんも冒険者だったのか。冒険者は荒くれ者ばかりのイメージだから、全く想像ができないな。


「ゲンゴー様がそれほどのモンスターを従えているとは……。大変驚きましたが、ゲンゴー様ならばと納得する部分もあります。従魔契約、おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます。まだ子供ですからね。なつかれただけですよ」


 そんな話をしていたら、飽きたのかシロが俺のもとに戻ってきた。膝の上に乗ったので撫でてやる。


 王女様はまだまだ触り足りないらしい。羨ましそうにこちらを見ている。


 こんなに愛されるなら、シロは王女様に飼ってもらった方が良い気がしてくるな。


 俺とダンジョンに潜って危険な目に合うより、城の中で安全に暮らす方がシロも幸せなんじゃないか?


 シロは強いから、いざというときに王女様を守ることもできるだろう。


「なぁシロ、お前、フリーデリーケ様と暮らす気はないか? あの方のほうが大事にしてくれるだろうし──」

「……ガルルルッ!!」


 突然シロの顔が豹変し、俺を威嚇し始めた。


 お、怒っているのか!?


 ピコンッ! ピコンッ! ピコンッ! ピコンッ!


 連続でスキルの発動を検知する。


〔レアスキル《身体操作》の《肉体操作》。自らの肉体を100%操作し、潜在能力を引き出す〕

〔レアスキル《身体操作》の《爪操作》。爪を鋭く尖らせる。爪の長さを伸縮させる〕

〔レアスキル《身体操作》の《牙操作》。強靭で鋭利な牙を生やす。牙を再生させる〕

〔レアスキル《身体操作》の《魔臓操作》。魔臓から魔素を取り出して身体を一時的に強化する。使い過ぎると魔素が切れて危険〕


 ビキビキビキッ! っと音を立て、シロの筋肉が隆起し、爪や牙が剥き出しになり、鋭く光る。


 えぇえええ!?


「ど、どうされたのです……?」

「ゲ、ゲンゴー様! なんとかしていただけますか!? シロ様の威圧で、店内が揺れております!」


 確かに、店中のテーブルがカタカタ揺れだし、他の客が騒ぎ始めた。


「わ、分かったシロ! お前の気持ちは分かったから! それやめてくれ!」


 俺がそう頼むと、一瞬にしてシロはいつものシロに戻った。


「もう言わないから……許してくれるか?」

「ニャウ!」


 シロは俺の肩に乗ると、ぺろぺろ鼻を舐める。許してくれるらしい。


 その様子を見てホッとする執事と羨ましそうな王女様。


 黒き暴威ならぬシロき暴威。もう見たくない……。



 運ばれてきた軽食を取りながら、お互い最近の状況を話す(シロがパンケーキまで食べるのには少しひいた)。


 俺の方は、最近の依頼の話や冒険者ランクがゴールドまで上がったこと。王女様は、孤児院に教師を雇ったことや、日々の活動が王様に褒められたことなんかを話してくれた。


 王女様は自ら回復魔法で国民の傷を癒やし、そこで得た報酬を孤児院に注ぎ込んでいる。聖女と呼ばれるのは当然だし、王様もこんな娘がいるなんて鼻が高いだろうな。


「でも最近、私が至らないために、お姉様を怒らせてばかりいるのですわ……」


 そう言って、王女様はうつむく。


 よく話を聞いてみると、ここ最近になって、王女様の行動は下品だとか、王族に相応しくないとかで、姉から毎日のように嫌味を言われているらしい。


 王様から許可されているのだから、そんなことを言う必要はないはずだが。


 ちなみに、フリーデリーケ様は第四王女であり、姉のクリスティーネ様は第三王女らしい。


「腹違いの妹なのに、お姉様は昔からずっと私を可愛がってくれました。優しくて、大好きなお方なのです……」


 ふむ、つまり最近になって姉が変わってしまったということか。


 フリーデリーケ様が王に褒められたから、それを妬んでいるとか? 王族だとそういうのはありがちだよな。


 だが、そんなことで彼女の行動が否定されるのは間違っている。


「フリーデリーケ様がされていることは、決して下品でも、王族らしくないことでもありませんよ。私はそんな王女様を誇りに思っています。国民も、聖女様と呼ぶぐらいですから、私と同じ気持ちではないでしょうか」


 聞き耳を立てていた周りの客が、深く頷いているから間違いない。


「ゲンゴー様……ありがとうございます。あなたとお話すると、いつも元気が湧いてきますわ!」


 先程まで暗かったフリーデリーケ様の表情が、明るく可憐な笑顔に変わった。


「さて、随分話し込んでしまいましたし、そろそろお開きにしますか」

「分かりましたわ。シロちゃん、またお会いしましょうね?」

「ニャウ!」


 店員に案内される王女様を先頭に、店を出る。


 途中、以前のようにセバスさんが話しかけてくる。


「ご本人には秘密にしているのですが、実はフリーデリーケ様は命を狙われているのです」

「……え!?」


 いきなり執事が爆弾を投下してきた。


「驚かせてしまい申し訳ありません。時間がないので単刀直入にお伝えします。犯人の逮捕に協力していただけませんか?」

「な、なぜそんなことに……?」

「先程のフリーデリーケ様のお話が関係していると推測しております」


 第三王女クリスティーネ様の存在が関係しているらしい。まさか、妬みだけで妹の命を奪おうとしているのか?


 普通の感覚ではあり得ないが、王族なら王位継承権の問題なんかもあるだろうから、ゼロとは言えないかも知れない。


「ご本人にお伝えしたら、大層悲しまれるに違いありません……。ですから、王様とも相談の上、極秘扱いにしているのです。これまで私が王女様の身をお守りしてきましたが、いつも守りきれる保証はございません……」

「なるほど、そういうことですか……」

「当然、お礼は用意しております。必要ならば前金も──」

「要りませんよ。友人が困っているなら助けるものです。そうだな、シロ?」

「ニャウ!」


 シロも俺を助けてくれたからな。


「……なんと心強い。どうか、どうかよろしくお願いいたします……!」


 セバスさんは立ち止まると、深く頭を下げた。


「や、やめてくださいよ。さあ、行きましょう」



 全員が店の外に出た。


「また会いに来ますね! ゲンゴー様! シロ様!」

「ええ、お待ちしておりますよ」

「ニャ!」


 いつものように、無邪気な様子で去っていく王女様。執事は再び深く頭を下げて、その後に続く。


 さて、今回は相手が王族だ。しっかりと準備をして調べるとするか。

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