第13話 ペットが無双するから楽しい

「うわぁ、いかにもだな……」

「ニャウ……」


 目的地であるダンジョンの《呪怨宮》に到着した俺は、目の前にある朽ちた神殿に思わずそんな言葉を口にした。


 町から20分ほど歩いた森の中にそれはある。


 神殿の屋根や壁はところどころ崩れ落ちており、外壁はほとんどがカビで黒ずんでいる。


 錆びついたドアを開けて中に入ると、おびただしい数のゾンビとスケルトン。俺達の存在に気づき、一斉にこちらを見た。


 怖えぇぇぇええ!


 ゾンビは見た目も気持ち悪いが、足を引きずって歩いている感じが無理!


 スケルトンはシンプルに骨が無理!


 ちびるどころか漏らしそうだ。しかし、シロはそうでもないらしい。


 肩から降りて俺の前に立つと、ガルルルッ! と相手を威嚇し始めた。


 なんて頼もしいやつなんだ。


「シロ、やってしまいなさい!」

「ニャウ!」


 力強く返事をすると、シロはいきなり《ファイアブレス》を吐き出した。モンスターたちは炎に包まれて黒焦げになる。


 おお、ちゃんとスキルが使えている! それに凄い威力だ。


 立派な戦力だな。このまま戦闘はシロに任せよう。別に俺が楽をしたいわけではなく、スキルのテストが目的に決まっている。


 シロを先頭に、モンスターを見つけ次第焼き払いながら神殿の最奥部を目指す。


 時々幽霊みたいなやつが襲ってくるのには参った。こいつが多分レイスだろう。姿がほとんど透明だから、気づいたら接近されていて肝が冷える。


 背中を触れられた時はちょっとちびった。けどその代わりにやつが使用していたスキル、《隠密》スキルの《透明化》を解析することができたから、プラスマイナスゼロとしておこう。


 《透明化》といっても完璧に透明になれるわけではないようだが、使い方によっては役に立ちそうだ。


 シロは幽霊だろうがなんだろうが、ブレス一発でモンスターを次々と薙ぎ倒してくれている。



 しばらく進むと、聖堂と思われる広間に到着した。


 最奥部には祭壇があり、黒く濁った水晶玉が祀られていた。そこから禍々しい黒いもやが、ゆらゆらと立ち上っている。


 まさか、あれが依頼にあったアイテムか? 


 どう見てもやばいだろ。素手で触ったら呪われるんじゃないだろうか。あんなものを欲しがるなんて、依頼主はどういうつもりなんだ……?


 広間に足を踏み入れると、それに反応したのか祭壇の陰から二体のモンスターが姿を現した。


「ガルルルッ!」


 すかさずシロが威嚇する。


 一体はフルプレートメイルを身につけた騎士風のアンデッド。もう一体は小綺麗なローブを着込んだ魔法使い風の骸骨だ。


 騎士の方は、顔も体も兜と鎧でしっかり隠れているから良しとしよう。


 だが骸骨、お前はダメだ。同じ骸骨でもスケルトンより顔が邪悪そうだし、目も赤く光っていて怖い。


「シロ、あっちの骸骨ローブを頼めるか?」

「ニャ!?」

「よし、行くぞっ!」


 俺はなし崩し的に役割分担を決めると、騎士風のアンデッドに向かって走り出した。


 まずは小手調べだ。


「《疾風突き・改》!」


 カァン!!


 騎士は素早く巨大な盾を構えて前方に押し出し、俺の剣技を弾いた。


 ピコンッ!


〔ノーマルスキル《盾術》の《シールドバッシュ》。盾に体重を乗せ、その勢いで相手を吹き飛ばす。攻撃にも防御にも使用可能〕


 ほう、今のはスキルだったのか。俺の手がじんじん痺れている。


 横目でシロの方を見ると、すでに激しい戦いが始まっていた。


「我ガ研究ヲ狙ウ者……ココカラ出テ行ケェ……。《ファイアボルト》!」


 骸骨ローブが何やら言葉を発すると、魔法を放った。


「ニャウ!」


 それに対して、シロは《ファイアブレス》を放つ。両者の炎は空中でぶつかり合い、相殺して消えた。


 ピコンッ!


〔ノーマルスキル《火魔法》の《ファイアボルト》。燃え盛る炎が対象を焼き尽くす〕


 骸骨ローブが使った魔法か。《ファイアブレス》が使えず寂しい思いをしてきたから、これはありがたい。


 それはそうと、モンスターが喋るとは驚いたな。もしかすると、受付嬢が言っていた宮廷魔術師だった人かも知れない。だが、今はただの化け物だな。


 突然、祭壇の上にある水晶玉が淡く光った。すると、黒いもやが二体のモンスターに流れ込んでいく。


 それを吸収した騎士と骸骨ローブの全身から、淡く黒いもやが立ち上った。


「ニ……憎イィ……貴様ラガァ、憎イィ……!」


 騎士が俺に向かって叫んだ。


 なんだよいきなり? まだそんなに嫌われるようなことしてないけど?


「ガァアアア!」


 巨大な盾を構えると、そのままこちらに突進してきた。さっきよりも動きが素早くなっている。あんなのにぶつかられたら、ただじゃ済まない。

 

 だが──


「《肉体操作》!」


 俺はスキルで肉体の潜在能力を引き出し、上空へ飛び上がる。2メートルは飛んだだろうか。騎士の《シールドバッシュ》を軽々と避けた。


 昨日のうちに、しれっとインストールしておいたスキルだ。元々はシロのスキルだったが、人間の俺にもインストールできたのだ。


 地面に降りると、騎士に向かって全力でダッシュ。そのまま《回転斬り・改》を放ち、騎士の首をはね飛ばした。


 よしっと。



 シロの方はどうだろう。


「ニ……憎イィ……貴様ラガ──マママ、マデェ!?」


 ゴォオオオオオオ!!


 骸骨ローブが喋り終える前に、シロは大きく息を吸い込むと、これまで見たこともないほど真っ赤で猛烈な爆炎を吐き出した。《ファイアブレス・改》だろう。


 それに対抗して骸骨ローブも慌てて火魔法を放つが、シロの炎にあっさり飲み込まれた。そのまま爆炎は骸骨ローブをも飲み込み、丸焼きにしてしまった。


 勝敗は決した……。


 猫が最後まで人の話を聞いてくれるわけがないのだ。


 ……あっ、祭壇に引火したな。ついでに水晶玉まで燃えてない……?


 俺は大急ぎで《ブリザード》を放ち鎮火を試みる。しばらくして火は消えたが、よく見ると水晶玉にヒビが入っている。


 そして、先程まで出ていた黒いもやはほとんど消えていた。


 ……。


 …………初めから水晶玉にはヒビが入っていた。そういうことにしよう。


「良くやったぞ、シロ。お前は1ミリも悪くない。当然、飼い主である俺も悪くない。誰も、悪くないんだ」

「ニャ、ニャウ……!」


 物分りの良い猫は嫌いじゃない。


 その後、ヒビの入った水晶玉を回収し、俺たちは街に戻った。



「もう終わったんですか!?」


 冒険者ギルドで依頼達成を報告すると、受付嬢に驚かれた。


「そ、そうだが……?」

「割れてはいますけど、たしかに依頼のアイテム《憎魔の球晶》と特徴は一致しますね……」


 受付嬢は、手のひらに乗せた黒く濁った水晶玉を観察する。


「は、初めからヒビが入っていてね? いやあ……驚いたよ!」

「なんでそんなに汗をかいているんです? 何かあったんですか?」

「え!? えーっと……とんでもない強敵がいて──」


 苦労したから汗をかいているという主張のために、ダンジョンでの戦闘を大げさに伝えておいた。


「そ、その二体のモンスターって、デスナイトとリッチじゃないですか!?」

「……なんだ、それ?」

「ミスリルランクの冒険者が何とか倒せるレベルのモンスターです。わざわざ倒さなくても良かったのに……」

「……そ、そうなのか?」


 アイテムだけ奪って逃げるのもありなのか。まあ、正直俺の目的はスキルのテストだったし、モンスターは全て実験台にすることにしている。


「……ゲンゴーさん。前々から思っていましたが、あなたは強すぎます。依頼達成も早すぎますし、シルバーへのランクアップも異例のスピードでした。……何かを隠していませんか?」

「……ふぇ!?」


 なんか変な声出た……。バレてるのか、俺の正体が……?


「私は知っているんです。時々訓練場でルーカスさんやパウル君と何かこそこそ話をしているのを」

「……?」

「『剣聖様』とか呼ばれてますよね?」


 ……あ、そっち? 剣聖ムーブは適当な思いつきでやり始めたやつだ。


 結果的に、ルーカスたちとの訓練により、スキルの改善やステータスの向上に役立っていたりする。


 ……そっちがバレるとはな。仕方ない、受付嬢にも剣聖ムーブでいくか。


「良くお気づきになられた。さすがは受付嬢殿。我は──」

「いやいや、普通でいいですよ、普通で」

「あ、すいません」


 ……この喋り方、ルーカスとパウルには受けがいいんだけどな。


「確かに俺を『剣聖』と呼ぶ人もいる。修行のためにひっそりと世界を周っているというわけだ」

「なるほど。『剣聖様』だから王女様ともお知り合いなのですね。突然この街にふらっと現れたのも不思議に思っていましたが、色々と謎が解けましたよ」


 都合よく解釈してくれているぞ! 剣聖ムーブ、意外と使えるな。


「《憎魔の球晶》は割れてしまっていたので報酬は半分になります。ですが、ゴールドへのランクアップ、おめでとうございます!」

「あ、ありがとう」


 またランクアップか。確かにちょっと早いかもな。若手の冒険者パウルはまだブロンズランクだし。


「次はミスリルランクですね。シロちゃん、頑張ろう!」

「ニャア!」


 なぜか受付嬢とシロがハイタッチしとるな。もう勝手にしてくれ。


「あっ、ゲンゴー様っ!」


 俺が振り返ると、そこにいたのはいつもの仮面を被った王女様だった。

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