第9話 まさかバレるとは思わなかった
「これはこれは……ご無沙汰しております」
ここで王女様の名前を呼ぶわけにはいかないから、気をつけて挨拶をする。
「一体どうなされたのです?」
「スキルの件でお話が! お忙しいところ申し訳ないのですが、今お時間はありますか?」
「……え、ええ、まあ」
ぶっちゃけ暇だ。ただ彼女には借りも返したし、これ以上王族と関わるのは遠慮したいところだ。
何せ俺のスキルがバレたら何をさせられるか分からない。あの王やゲオルクとかいう貴族にバレたら一生こき使われる可能性だってあるのだ。
「では、またあのスイーツのお店に参りましょう!」
大分気に入ってるじゃん、王女様。もはやスイーツ目的で会いに来たんじゃないだろうか。
そういえば、スキルの話って言ってたな。あれからどんな調子か、実は知りたかったりする。
プログラムが長期間稼働して問題が起きないか。これもプログラマーにとっては大事な確認事項の一つなのだ。
「分かりました」
そもそも相手は王族だし、断るのはリスクが高い。が、極力会わないようにすることはできる。
今回は仕方がないとして、次回からは見つからないようにもう少し注意深く立ち回るか。
スイーツの店に着くと、前回同様俺と執事はパンケーキとコーヒー、王女様はパンケーキと紅茶のセットを注文した。
間もなくパンケーキが運ばれてくると、王女様は仮面を外して、小さく「わぁ」と声を上げた。
……もう仮面要らないんじゃないか?
「早速いただきましょう!」
「そうですね」
王女様はパンケーキを口に含むと、なんとも幸せそうな表情で堪能する。
「ふわふわです……」
感激の言葉まで口にしている。
周りの客も、そんな王女様をほっこりした様子で見ている。
ばればれ過ぎない? なんて思ったが、執事も微笑ましいといった感じで王女様を見ているし、まあ良いのだろう。
しばらく軽食を堪能した後、王女様が話を切り出した。
「ゲンゴー様。私にスキルを授けて下さり、心から感謝しておりますわ」
そういって、王女様は深く頭を下げた。執事もそれに倣う。
それを見た周りの客がざわつき始めた。
「か、顔を上げてください! 分かりましたから!」
王女様と話しているだけでも注目されるのに、こんな状況を他人に見られるのは勘弁願いたい。
「早速スキルについてなのですが、どうも私が使う《ヒール》は神父様が使うものよりも効果が大きいみたいなのです」
「ほう」
神父の方が経験は上だろうに、覚えたばかりの王女様の魔法の方が威力が大きいとは、確かに不思議だな。ただの《ヒール》をいじった覚えもないし。
「すみませんが、試しに私に使ってみてもらえますか?」
「わ、分かりましたわ。《ヒール》!」
ピコンッ! ピコンッ!
解析眼に反応があった。それも二度。
〔ノーマルスキル《聖魔法》の《ヒール》。小さな怪我なら瞬時に治癒する〕
〔ユニークスキル《慈愛》の《治癒力増大》。対象への愛が力となり、回復効果を倍増させる〕
ええ!? ユニークスキル!?
さすが王族……。これが《ヒール》の効果を倍増させていたのか……。
「どうやら王女様がお持ちのスキル、《慈愛》の効果のようです」
「な、なんと! そうだったのですね……」
口に手を当てて考え込む王女様。
「何か心当たりが?」
俺がそう聞くと、王女様の代わりに執事が答えた。
「以前、フリーデリーケ様が怪我をした子供にポーションを使用した際、全身の傷が瞬時に治るという、とてつもない効果を発揮したことがありました。当時はそれに疑問を感じつつも、ポーションは貴重なアイテムですから、そういうものかと納得したのです。しかし、実際は《慈愛》の効果だったのでしょう」
なるほど、それっぽいな。
しかしこの世界、ポーションが貴重なのか。回復魔法だって神官に頼るとめちゃくちゃ高額だし。
だから王女様も、子供たちの怪我を治すことができなかったんだろうな。
「それはそうと、ゲンゴー様はなぜ王女様のスキルの効果が分かったのです?」
「えっ? 《解析眼》で普通に見えましたけど?」
「……は? ノーマルスキルでユニークスキルの効果が分かると? そんなことが……?」
いつもは冷静な執事が、やや混乱気味に首を傾げる。
確かに、ノーマルスキルがユニークスキルの効果を看破できてしまうのは、なんか違和感があるな。
俺の《解析眼》って普通じゃないのか……? もしや《プログラミング》と連携した影響とか……?
「ゲンゴー様のおかげで謎が解けましたわ! ありがとうございます!」
王女様はすっきりとした様子で顔を上げた。
「……それと、もう一つお話がありますの」
そう言うと、執事に指示を出す。
「セバス、あれを」
「かしこまりました」
セバスが懐から取り出したのは、パンパンに膨らんだ皮の小袋だ。
それをテーブルの中央に置くと、俺の方に押し出す。
「こちらは?」
「スキルのお礼ですわ。これだけでは到底足りないと分かっているのですが……」
小袋を手に取り、中を見てみる。なんと三十枚ほどの金貨が入っているではないか。
「実は、そのお金は私が教会で働いて得たものなので、まだこれだけしかお渡しできないのです。お父様からいただくこともできるのですが、それでは心のこもったお礼とは言えませんし……」
「フリーデリーケ様……」
なぜかしょんぼりしている王女様と、それを見て目頭を熱くしている執事。
教会で働いてって……そうか。最近噂の聖女って王女様のことだったのか。
なんにせよ、こんな大金もらうつもりはない。金貨三十枚なんて日本円に換算したら数百万だろうし、『これだけ』とかいうレベルではない。
それに、王女様なら働くのなんて初めてだったはず。つまり初任給。そんな大事なお金を俺みたいなおっさんに渡すのはおかしい。
最後に一番大事なポイントだが、このお金をもらってしまったら返したはずの借りがまた戻って来るではないか。
「フリーデリーケ様が汗水流して得たお金を私がいただくわけには参りません。どうぞこちらは王女様ご自身のためにお使いください」
俺は小袋をテーブルに戻した。
「そ、そういうわけには!?」
「フリーデリーケ様には私が冒険者になる際に多大なる便宜を計っていただきました。スキルはそのお礼なのですから、感謝していただいたお気持ちだけで十分です」
そう言って俺は小さく頭を下げる。
「たしか王女様は孤児院の子供たちのご支援をしておられるとか。何かその子供たちのために使われてはいかがでしょう?」
「た、確かにそうさせていただけると、例えば孤児院に教師を雇うことだってできるかも知れませんが……」
「それはいい。学があるに越したことはないですからね」
「…………わ、分かりましたわ」
王女様は随分残念そうだが、これでいい。
貸し借りはゼロ。王族との関係も断つことができるというものだ。
まぁ、たまに孤児院の様子を見に行くぐらいはするかも知れないが。
「では、用事が済んだようですのでそろそろ」
「はい……。ま、またお会いできますか?」
「……ええ、もちろんですとも」
王女様は妙に寂しそうだが、もう周りの目線が怖い。だって、ずっとこっちを観察してるんだもの。目立ち過ぎている。早く逃げたい……。
執事が会計を済ませると、恐縮した様子の店員が王女様を恭しく先導する形で店を出る。
その途中、ふと後ろを歩いていた執事から声をかけられた。
「ゲンゴー様。本日はありがとうございました」
「いえいえ、とんでもないですよ」
「それと、孤児院の子供たちを救ってくださった件も、あわせて感謝いたします」
「ああ、いえいえ」
……
…………え? 孤児院の子供?
「ふふ、やはりですか」
げぇえええ!? 嵌められたぁ!?
なんでバレてんの!?
「な、なぜそれを……?」
「考えても見てください。仮面の騎士様はもともと回復魔法を使用されると評判でした。にもかかわらず、先日は氷魔法を使われたとか。つまりスキルの複数持ち。こんな人物は世界中に数えるほどしかおりません」
「で、でも、私と決まったわけでは……」
「いいえ。勇者様のスキルは全て把握されており、回復魔法と氷魔法を両方お持ちの方はおりません。それに仮面の騎士様は剣術まで達者だとか。そんな人物、ゲンゴー様の他に誰がいるでしょう?」
うわぁあああああ!!
やらかしたぁぁああああ!!
調子に乗って魔法のテストをしすぎたからだ……。それと、気軽に王女様にスキルをインストールしたのも失敗だったか……。
「そんな顔をしないでください。仮面の騎士様の正体に気づいているのはまだ数人です。その中には王様も含まれますが」
王女様にはバレていないようだが、一番やっかいなこの国のトップにバレてるのか……。
「こちらはその王様からの謝礼です。フリーデリーケ様にスキルを授けてくださったこと、この国で苦しんでいる者たちを救ってくださったことに対してです」
執事が差し出した皮袋は、先ほど王女様が俺に渡そうとしたものの五倍はでかい。
「こ、これは受け取れませ──」
「王様からの申し出を断る場合、それ相応の理由が必要となります。ご自分で出向いてその理由をご説明されますか? それとも、兵士に連れられて参りますか? はたまた……この袋を受け取りますか?」
なんやねんそれぇ!? 関西弁ぐらい出るぞほんとに!
どれも嫌だが、一番最後が一番マシか……?
金がもらえるに越したことはない。だが、もらっていい金かどうかは見極めが必要だ。タダより高いものはないんだからな。
「ご安心ください、ゲンゴー様。これを受け取ったからと言って、王様は戻ってこいなどとおっしゃいません。ただ、一つ伝言がございます」
「ほ、ほう。それはなんです……?」
「くれぐれも、フリーデリーケ様をよろしくとのことです。ですが、可愛いくて良い子すぎるからといってフリーデリーケ様には絶対に手を出すな! だそうです」
……は? 王女様は俺のいくつ下だと思っているんだ? 成人していない相手に手を出すなんて普通にアウトだろ。
それに、相手の気持ちというものもあるんだ。なんの心配をしているのかが分からない。
だが『フリーデリーケ様をよろしく』ということは、今後も何かしら関わりを持てということか。
まぁ、すでに王様に仮面の騎士がバレているんだし、会わないようにする必要はなくなっている。
「分かりました。受け取りますよ……」
「ふふふ、ありがとうございます。それともう一つ」
「……まだ何かあるんですか?」
「ゲオルク様にご注意ください」
ゲオルクって、転移してきた時に突っかかってきたあの貴族か。
「どういう意味です?」
「王様はご自身のお言葉をひっくり返すようなことはしません。しかし、ゲオルク様はそうではないということです」
俺のこと(というかスキル)を諦めてないってことか。
最悪じゃん!!!
「……どう注意すればいいか分かりませんが、分かりました」
「ご迷惑をおかけし、大変申し訳ありません」
頭を下げた執事から渡された皮袋は、ずっしりと重い。
「先ほどから何をお話ししているのです?」
店の外で王女様が声をかけてくる。
「少し大人の会話をね……」
「そ、そうですか……。あの、ゲンゴー様、またギルドに伺っても良いでしょうか……?」
「もちろんです。お待ちしておりますよ」
「いいんですの!?」
王女様の顔が、まるで美しく咲いた花のような笑顔に変わった。
「また楽しくお話ししたいですわ! ではまた! また来ますわ!」
楽しげにそう言い終わると、王女様が仮面を被る。
「それではゲンゴー様、くれぐれもよろしくお願いいたします」
「え、ええ」
最後に執事と挨拶を交わし、二人と別れた。
なんというか、初歩的なミスでバレたなぁ……。
スキルの複数持ちがいないってのがこの世界、きついわぁ。
もういっそ、色んな人にスキルをインストールしまくれば俺の存在感が薄まるのでは?
いやいや、そんなことをしたら世界のバランスとか崩れそうだし、さすがにまずいわ。
とりあえず、当面は人前でスキルを使うのは避けよう。
ならあれだ。人が少なそうなダンジョンでモンスター相手にスキルのテストをするか。
ステータスが低すぎて使えないスキルがあるから、テストができていないのも困っている。だからゲームでいうレベル上げもしたい。
そう考えた俺は、ギルドにあったダンジョン関連の依頼を受けてみることにした。
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