第8話 盗賊団を壊滅させてみた

 しばらくしてから店を出て、道で人に孤児院の場所を聞きながらそちらに向かった。


 教えてもらった場所には修道院があり、その中の一室が孤児院となっていた。俺は自分の存在がバレないように、外からこっそりと様子を伺う。


 気配を絶つ為に《忍び足・改》も使っておいた。《忍び足》と言いながら、全身の音を遮断するので身を隠すのにも使えるのだ。


 外から見る限り、子供たちは誰も怪我をしている様子はない。むしろ元気よく遊んでいる。おそらく王女様が治療したのだろう。他人にインストールしたスキルもちゃんと使えることが分かった。


 すでにだいぶ陽は傾いている。孤児院の中に王女様の気配がないので、すでに城へ帰ったようだ。俺が調査するのは、なぜ子供たちが怪我をしていたのか、だ。こうして監視していれば、いずれその理由が分かるはず。


 しばらくして外は真っ暗になり、孤児院の中の灯りも消えた。


 今日は何も起きないらしいし帰ろう。そう思った時、孤児院の窓がガチャっと開いた。そして、次々と子供たちが外に出てくる。総勢十人だ。


 どうなってるんだ? 子供がこんな真夜中に外出するなんて……。それも家のドアからではなく窓からコッソリとだ。


 俺は子供たちの後をつけた。彼らは迷うことなく目的地に進んでいく。あまり治安が良くないとされる貧民街の裏路地に入ると、看板のない店の前で立ち止まった。


「行くぞ」


 リーダー格と思われる男の子がそう言うと、周りの子供たちが頷く。彼らは店の中に入って行った。


 中の様子を伺おうとそっと窓に近づく。すると、声が聞こえてきた。


「もう十分手伝ってきたはずだ!」

「そうだ、もうやりたくないんだ! やめさせてくれ!」


 子供の声だ。


「うるせぇ! 王女がどうなっても良いのか!」

「あんなバカ娘、いつでも誘拐できるんだぞ?」


 チンピラみたいな男たちがドスの効いた声で子供たちを脅している。


「バ、バカ娘じゃない! 優しい人なんだ、あの方は!」

「黙れっ!」


バキッ!


「ぐあっ!?」

「や、やめろぉ!」


 もしかして子供たちの怪我って、こうしてチンピラにやられたのか?


 王女が孤児院に来ていることもバレバレらしい。


 そして、それを脅しのネタに、子供たちに何かをやらせている?


「お頭、そろそろ時間でさぁ」

「チッ、クソガキ共のせいで余計な時間を食っちまったじゃねぇか。あのバカ娘に死んでほしくなきゃあ、お前らは黙って俺の言う事を聞いてりゃあいいんだよ! さあ仕事だぁ。全員、準備しやがれ!」

『へい!!』


 威勢よく返事をしたのは周りのチンピラだ。子供たちは悔しそうに俯いている。


 全員が店を出たのを確認し、俺はバレないようにその後を追った。


 町を少し出た街道で、彼らは影に隠れて待ち伏せを始めた。


 すると、遠くから荷物をたくさん積んだ馬車がパカパカ向かってくる。その周りを冒険者が守るように歩いている。


 馬車が近づいて来るとチンピラたちが動き出した。


「野郎ども! 今だ!」

『おぉー!!!』


 ぞろぞろ出てきて馬車に襲いかかるチンピラ。子供たちは後ろの方で周囲の見張りを始めた。


 馬車を守っていた冒険者たちは、町が近いからか気を抜いていたらしく、不意をつかれて防戦一方だ。そのうちに別のチンピラが馬車を破壊しようとしている。


 事情も大体分かったし、そろそろ行くか。あんまり目立ちたくないから、仮面はつけておこう。


 気配を消したまま、チンピラの背後に近づく。そして《閃光斬》を放つ。


 意外とバレないもんだな。なんて思っていたら、5人ほど倒すとさすがにバレた。


「どこから来やがったテメェ!? ……そ、その気持ち悪りぃ仮面、まさか仮面の騎士!?」


 へぇ、こんな奴らにも『仮面の騎士』の名が広まっているとはな。『気持ち悪りぃ』なんて、真っ暗だからちゃんと見えてないだけだろ、失礼な奴だ。


「だ、だから何だ! よくも仲間をやりやがったな! ぶっ殺してやる!」


 そう言って俺に突っ込んでくるチンピラAとB。


 さすがにそれは良い的だわ。早速、この前覚えたあれの実験台になってもらうか。


 手のひらをチンピラに向ける。


「《ブリザード》」


 放たれた冷気は広範囲に広がり、彼らの全身に吹きつけた。


『ヒギャアアアァアアア!?』


 パキパキと音を立てて、皮膚や衣服が凍りついていく。


「くそっ! こいつ、攻撃魔法まで使えんのかよ!?」

「痛でぇ! ぜ、絶対に許さねぇ!」


 どうやら口だけは動かせるらしい。まだまだ威勢が良いのを見るに、それほど大きなダメージにはなっていないようだ。


 やっぱりか。まあ、これは想定内だ。 


 《ブリザード》のプログラムはこんな感じだった。


----------------------------------------

スキル :氷魔法

魔法 :ブリザード

プログラム :

魔力を5ポイント分練り上げる

その魔力を右手に集める

右手の魔力を氷属性に変化させ、手のひらに氷の礫を含んだ冷気を生み出す

その冷気を手のひらから放つ

----------------------------------------


 このプログラム、最後の「手のひらから放つ」というのが良くない。


 このせいで、ただただ冷気が手のひらから広範囲に拡がるだけになってしまうのだ。


 当然、この弱点を改良した魔法は作ってある。その名も《ブリザード・ビーム》だ。かっこいい。


 変更点は、「手のひらから放つ」に「対象に向けて」というプログラムを加えて、「手のひらから対象に向けて放つ」にしたことだけだ。


 これにより、冷気が無駄に広がることなく真っ直ぐ吹き出し、効率良く対象を攻撃できるはずだ。


 ちなみに「対象に向けて」のプログラムは、《ヒール》のプログラムから拝借してきた。


 目の前の奴らは二人とも何やらがなり立てているが、動けるようになるまでまだ時間がかかるだろうし無視する。


 あちこちにいる他のチンピラめがけて《ブリザード・ビーム》を撃ちまくる。ビームという割にそれほどスピードのある魔法ではないが、避けられるほど器用なチンピラはいないらしい。


 次々と氷の彫像ができていき、気づけば無事なのは、お頭と呼ばれていたチンピラのリーダー一人となっていた。


「くそがぁ、絶対にお前はゆるさねぇぞ、仮面の騎士! 必ず殺してやる! 覚えてやがれっ!?」


 そう言うと、リーダーは煙玉を地面に投げつけた。


 視界が真っ白で何も見えない。リーダーがどこかへ走り去る足音だけが聞こえてくる。


 やばい、逃げられるぞこれ……。


 そう思ってたら、馬車を守っている冒険者の一人が何やら魔法を唱えた。


 ビュウウウウウゥ!!


 強い風が音を立てて吹き荒れる。


 ここ最近常時発動している解析眼にピコンと反応があった。


〔ノーマルスキル《風魔法》の《ウォルウィンド》。台風の如き強風を巻き起こす〕


 煙が一気に晴れた。


 ……あっ、いた。


「《ブリザード・ビーム》」

「へっ…………?」


 俺は姿を見せたチンピラリーダーをカチカチに凍りつかせた。


「あ、ありがとうございます! 仮面の騎士様ですよね!? 助かりました!!」


 そう言って近づいてくる商人らしき男。この馬車の荷主か。


「あ、ああ。無事で良かったですな、はっはっはっ!」


 それっぽく返事をしてみる。


 冒険者たちはいつの間にか凍りついたチンピラたちを拘束してくれている。


 すると周囲を監視していた子供たちが近づいてきた。


「あっ、あの……」

「……っ!? お前たち、賊の仲間か!?」


 商人を守るように急いでこちらに駆け寄り、身構える冒険者たち。


「ち、違う! ……いや、違くないか。でも、やりたくてやっていたわけじゃ──」

「黙れ! お前たちも守衛に突き出してやる!」


 リーダー格の子供が慌てて答えるが、冒険者には取り付く島もない。


 まずいな、このまま連れて行かれたら子供たちまで犯罪者になってしまう。


「待つのだ、冒険者の皆さん!」

「な、なんでしょう、仮面の騎士様……?」


 なぜかよく分からないが、全員が何かを期待するようなキラキラした目で俺を見ている。


「ご、ごほん! その子供たちの身元はこの俺、いや、私が保証する。しっかりと子供たちの言い分を聞いてやってくれたまえ!」

「なっ!? この国の英雄であらせられる仮面の騎士様が、身元を保証!?」

「い、一体この子供たちとどういう関係なんですっ!?」


 いつから俺は英雄になったんだ?


 やっぱりちょっとやりすぎたのかな……。死にそうな人を助けたことも何度かあったし。


「じ、実は私の友人の……友人、なのだよ。くれぐれも丁重に頼むよ? ではっ!」


 もうこれ以上『仮面の騎士』をやるのはキツかったので、俺はそう言い残してその場を去った。



 それから一週間が経った。


 風の噂で聞いた話だが、『仮面の騎士』が街の盗賊団を壊滅させたらしい。また一緒に捕まった子供たちは、無理やり悪事をさせられていたと分かり、すぐに釈放されたんだとか。


 とはいえ、悪事に加担していたのは事実だから、罰の意味も込めて街の掃除といった仕事を課せられたらしい。


 それとは別に、突如教会に現れたという聖女の噂を耳にした。治療の際、収入がある人には相応の支払いを求めるが、収入が少ない人には求めない聖人なんだとか。それに、回復魔法の腕も確かで、神父よりも優れているらしい。


 そうなると、もしかして一緒に転移してきた高校生の誰かかな? 確かすごいスキルを持っている子もいたし。


 俺はといえば、目立ちたくないので『仮面の騎士』をやらずに、相変わらずおとなしくしている。基本的には宿屋にこもっているが、今日みたいに冒険者ギルドに来て、ルーカスやパウルと訓練したりもしている。


 突然、パタパタと音を立てて誰かが近寄ってくる。


「ゲンゴー様っ!? やっとお会いできましたわ! お話がありますの!」


 それは、猫っぽいデザインのダサい仮面を被ったフリーデリーケ王女だった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


作者の深海生です。


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