第7話 王女様にスキルをインストールしてみた

 ルーカスやパウルに頼まれていた稽古を終えて訓練場を出ると冒険者ギルドが騒がしい。


 なにかと思ったら、ダサい仮面に美しいワンピースを着た女と、その側に控えるこれまたダサい仮面を被った執事服姿の男が注目を集めていた。


 女の方は、誰かを探しているらしくキョロキョロしている。


「王女様が来ているぞ」

「可愛らしい仮面ねぇ。きっと変装しているおつもりなんだわ」

「久しぶりに来られたなぁ。今日もお元気そうだ」

「でも、誰を探しているのかしら。お声がけしたいけど、お忍びみたいだし」


 近くの冒険者達が小声でそんな話をしている。


 あれ王女様なのか。王族がこんなところに来るなんて危険なんじゃないか? 周りにはもうバレバレだし。


 王女は俺を見つけると「あ、いらしたわ!」と声を上げ、パタパタと小走りにこちらへ近づいてきた。探していたのは俺だったらしい。


「ゲンゴー様! 突然お声がけしてしまい申し訳ありません。一体何者かと疑問に思われているでしょうが、決して怪しいものではございません」


 何者か知ってます。


「これから少しだけお話しする時間をいただきたいのですが、いかがでしょうか?」

「ええ、構いませんが」


 最近は『仮面の騎士』もやっていないし、暇さえあれば宿でスキルのソースコードを読んでいるだけだから時間はある。


「本当ですか!? で、では……どちらでお話ししましょう?」


 あ、決まってないんだ。ゆっくり話ができるところで、王女を連れて行って問題ないところなんてあったか? ……そうだ。


「近くにおいしいパンケーキを出す店があります。そちらでどうでしょう?」

「まあ! 私、スイーツに目がないのですわ! 早速参りましょう!」


 なんかスイーツが目的になっている気がするな。外野から「あいつは一体何者だ?」とか声が聞こえるが、ひとまず無視する。


 店に到着し、席に着く。椅子は三つ用意されているが、執事のセバスさんが席に座ろうとしない。身分的に、王女と同じ席にはつけないのか。しかしここは一般人が来る喫茶店だ。ダサい仮面を付けているのもあり非常に目立ってる。


「あのー、そちらの方も座ってもらえないでしょうか?」

「それはできません。私はこちらの高貴な身分のお方の執事ですので」

「お待ちなさい。このお店は全員が着席されています。私の見立てでは、このお店はそういう決まりなのですわ」


 大体の店がこうです。あんまりこういう店には来たことがないのかな。


「郷に行っては郷に従え。私に構わず、貴方も着席するのです」

「……かしこまりました」


 セバスさんは王女に一礼すると席に着いた。早速パンケーキ三つと、王女は紅茶を、俺と執事はコーヒーを注文する。


「ゲンゴー様。わざわざお時間をいただき感謝しますわ。先ほどからずっと私の正体が気になっておられたかと思います」


 やはりバレていないと思っているらしい。そんな相手には気づいていないふりをするのが大人というものだ。


「そ、そうなんですよー。一体どなたですか?」

「実は私、ベルクヴァイン国の王女が一人、フリーデリーケ・ベルクヴァインなのです!」

「わ、わー。そうだったんですかー」

「ええ! やはり気づかれていなかったのですね!」


 なんか嬉しそう。


「私も一応王族の端くれですので、こうして表に出る際は変装しているのです。顔を隠して会話するなど大変失礼かと思いますが、どうかお許し下さいませ」

「いえいえ、構いませんよ。それで、本日はどうしたのです?」

「はい。ゲンゴー様が元気にしておられるかと心配で、様子を見に伺ったのです」


 そう言えば城を出る前にそんなことを言ってたな。まさか本当に来るとは律儀な人だ。


「わざわざ心配して来てくださるなんて光栄です」


 そんな会話をしていると、パンケーキと飲み物が運ばれてきた。円状に整形されたふわふわなスポンジ生地にシロップがたっぷりかけられ、その上に白いクリームが乗っている。全体にベリーらしき果物が散りばめられ、皿に彩を添えている。


 シロップははちみつ系で、白いクリームは前世の生クリームみたいな感じだ。ここのパンケーキはめちゃくちゃ甘いのだが、ソースコードの読みすぎで疲れた時に食べると、糖が脳に染み渡る感覚がして最高なのだ。


「なんて可愛いスイーツなのでしょう! 早速いただきますわ!」


 王女はそう言うと、仮面を上にずらしてパンケーキを口にする。完全に顔が見えてるな。


「こ、これは……とっても甘くてふわふわで、美味しいですわっ!」

「そうなんですよ。私も大好きなんです、これ」


 王女は上品な所作を崩すことなく、夢中になってパンケーキを頬張る。美人は何をしても絵になるなあ。執事にはパンケーキが甘すぎるようで、コーヒーと一緒になんとか食べている。


 食事が落ち着いて来たので、お互いの近況を話す。王女は俺がこれまで受けた依頼の話を興味深そうに聞く。王女の方は、たまに城を抜け出して孤児院に行き、食料を届けたりといった支援活動をしているらしい。結構やんちゃだな。


 一緒に転移してきた高校生の様子を聞いてみると、国の騎士団に教えを受けながら、戦いやスキルの訓練を頑張っているらしい。まだ魔物を倒したことはないらしいが、真面目そうな子が多かったし、本物の勇者だからすぐに強くなるだろう。


「そういえば、最近お城の中では仮面の騎士様のことがよく話題に上りますわ」

「ぶっ!」

「大丈夫ですか、ゲンゴー様!?」


 危なくコーヒーを吹き出すところだったが、手で口を押さえて乗り切った。やはり城の中でも話題になってるのか……。


「し、失礼。少々むせてしまいまして……。私も噂で仮面の騎士の話を聞いたことがありますね。正直、仮面の騎士という呼び名がいまいちな気がしますけど」

「そんなことはございませんわ! 恐ろしい魔物から冒険者の命を救い、大怪我をした人々を無償で治療するなんて、まるで物語に出てくる騎士様のようですわ。仮面の騎士様、なんて素敵なんでしょう」


 どうやら王女は仮面の騎士に憧れを持っているらしい。その正体が俺だと分かったら、きっとがっかりさせてしまうだろうな。やはりバレないようにしなければ。


「実はこの仮面も、仮面の騎士様の真似をして作ってみたのですわ!」


 そう言って仮面を取り外し、俺に見せてくれる。もう顔を隠す気はないらしい。


 仮面は、上に耳が付いていて猫を連想させるようなデザインだ。やはりちょっとダサいかな。俺のやつの方が明らかに格好いい。


 仮面を外した王女様の顔は相変わらず美しい。しかし、目の下には酷いくまができており、なんだか少しやつれた顔をしている。


「フリーデリーケ様。ずいぶんお疲れの様子ですが、何かありましたか?」

「え……? なぜお気づきになられたのです?」

「お顔を見れば分かりますよ」


 うん、誰でも分かる。


「そ、そうなんですか? ゲンゴー様ったら、なんだか恥ずかしいです……」


 そう言って頬を赤くする王女様。くまを見られたのが恥ずかしいのか?


「……実は少し悩み事があり、最近よく眠れないのです」

「ほう、悩み事とは何です?」

「ご、ご心配いただかなくとも大丈夫ですわ! 私などよりもっと大変な状況のゲンゴー様に相談する訳には参りませんもの……」

「全然大丈夫ですよ。是非話してください」


 ぶっちゃけ大変な状況じゃないし、なんなら暇だ。それに王女様には身分の保証をしてもらった借りがある。借りを返すのは早い方がいい。


 しかし王女様は「そういう訳には……」と言ってうつむく。どうやら遠慮しているらしい。すると、今まで彼女を見守るだけだったセバスさんが口を開く。


「フリーデリーケ様。ゲンゴー様は大人の男性ですから、心に余裕がおありなのです。少しお話ししてみてはいかがでしょうか?」


 セバスさんのような老紳士に言われると困ってしまうが、王女様よりは確かに大人だ。彼女はまだ十代だろうが、こっちはアラフォーのおっさんだ。


「わ、分かりましたわ……。実は先ほど話した孤児院なのですが……」


 王女様は悩み事を語り出した。


 最近になって、孤児院の子供達が酷い怪我をするようになったらしい。彼女が行くたびに怪我人は減るどころか増えていくので、おかしいと思い理由を聞いた。すると道で転んだとか、階段を踏み外したなどと、あり得ないような理由ばかり言うそうだ。


「それは子供達全員ですか?」

「そうなんです。信じられませんわ」


 確かに。子供全員はさすがにおかしい。


「きっと私を心配させないように、本当の理由を隠しているのではないでしょうか……」

「なるほど。フリーデリーケ様はどうしたいのです?」

「私は……まず酷い怪我を治してあげたいです。手当はしましたが、痛々しくて、可哀想で見ていられません。そして、子供達に起きている問題から救ってあげたいです。……私に、仮面の騎士様のような力があれば……」


 王女様はそう言って、手にした仮面をぎゅっと握りしめる。相当悔しいのだろうか。大きな目に涙を溜めている。


「な、なんとお優しい……」


 なぜかセバスさんまでハンカチで自分の涙を拭っている。


 酷い怪我を治す、か。俺なら多分できるな。……あ、良いことを思いついたぞ! 自分にはスキルのインストールをしたことがあるが、他人にしたことはない。合法的にそれを試すチャンスじゃないか。


「フリーデリーケ様。もしよければ回復魔法を覚えてみませんか?」

「え? どういうことです……?」

「私のスキル、プログラミングは対象にスキルをインストール──いや、習得させることができるのです」

「ま、まさか、そんな……!?」


 信じられないか。当然だよな。


「私もこれまでの人生で、そのようなスキルは聞いたことがございませんが……?」


 セバスさんも似たような反応だ。なら、実際にやってみせるしかないだろう。


「ちょっと待っててくださいね」


 俺は二人にそう言うと、バッグからパソコンを取り出し、テーブルの下に隠すようにして膝の上で開いた。


 《聖魔法》のインストールボタンを押すと、おっ! 出た出た! インストール対象に『フリーデリーケ・ベルクヴァイン』がある。これを選択して、実行してみる。


〔インストールの準備をしています……〕

〔インストールを開始しました〕

〔インストールが完了しました。現在のデータ容量:60 / 100 GB〕


 うまく成功したみたいだ。《聖魔法》は10GB。今使用しているデータ容量が60GBだから、元々王女様が持っているスキルが50GBなのかな。


「終わりました。ステータスを確認してみてもらえますか?」

「は、はぁ……。ステータスオープン」


 王女様が自らのステータスを確認する。


「ななな、なんと言うことでしょう!? 信じられませんわっ!?」

「フリーデリーケ様! いったいどうされたのです!?」

「本当にあるのです! スキルに、《聖魔法》が!」

「な、なんと……!」


 インストールはうまくいったが、実際に使えるかのテストは必須だ。


「王女様。是非試してみていただけないでしょうか?」

「そそそ、そうですわね……。では早速、孤児院に行ってきますわ!」


 王女様はそう宣言すると、仮面を被り全力で店を出て行った。


「ゲンゴー様、このご恩は必ず! ゲンゴー様のスキルは口外されないことをお勧めします!」


 セバスさんは金貨一枚とその言葉を残して、王女様の後を追いかけて行った。


 さすがセバスさんはしっかりしているなぁ。王女様のケアだけじゃなく、俺の心配までしてくれるとはさすがだ。


 さて、子供達の怪我を治したところで根本的な原因は解決できない。王女様への借りを返す為にもこの一件、少し調べてみるか。

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