「緊張しているね。いいなあ、若いって」

 背に感じる心臓の音は、俺のよりずっとずっと緩く打っている。まるでこの瞬間が来るのを分かっていたかのように。

「でも、そうか。当然だよね。君は誘拐されて、ここにいるって設定だったんだ。可哀そうに。誘拐されたと思ったら、そこにいた男は狂っていた。……小説ならありきたりな設定だけど、仕方ない。事実は小説を超えられないからね。さあ、よく考えて。

――どうして、君は見つけられたの?」

「だから、俺は!」

「君の心臓があと百回打つまで待つよ。それまでは待ってあげる」

ドク……ドク……ドク

……1…………2…………3

 首に男の手がかかる。細い布の様な何かが回された。

……20……21……22

 カウントは続く。落ち着け。順序立てて考えろ。これは、期末テストと同じだ。正解なら、日常へ。不正解なら、人生ごと落第。落ち着け。主人公は、俺じゃない。この男だ。『俺が見つけられた』じゃなくて、『どうして男は見つけられなかった』か。

……30…31…32

 駄目だ、全然頭が回らない。どうする? 俺は、どうやってここから逃げる?

 ポケットに入れたままの固い金属に手をかける。これで切りつけたら俺は逃げだせるか。その前に酸欠になって死ぬか。

…67…68…69

 淡々とカウントされているはずなのに、どんどん速くなっていく。ホント気持ちが悪い。首に巻かれた布が、心音に合わせて跳ね上がる。ああ、余計なことを考えるな。逃げるな、ここにいることから。逃げるな、感情から。男が眉を寄せたのは、そのくらいだったはずだ。

 男は俺の左背に耳を当てていた。

 男は、俺をどうしたいんだろう? 彼は、俺に執着していた。男の欲しい物を、俺が持っていたから。男は欲しいと泣いた。「言葉をくれ」と懇願した。俺の前に出された札は二つ。自分の思考を言語化するか、分からないと泣いて殺されるか。

95、96、97、98、99

 言葉にすること――それが唯一の救いだと思った、俺にも男にも。

……ひゃぁーく

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