健康で文化的な最低限度の監禁生活

 誘拐されて一週間くらい経った。この部屋にはテレビも新聞もないから、俺らのことがニュースになっているかも分からない。だけど運がいいのか、犯人が訪れることもなかった。食品を届けられることはあったけど、全部宅配ボックスに入っていて外部との接触はできなかった。

 ここに連れて来られて、分かったのは三つだ。

 一つ目は、部屋から出られないこと。そして、出ようとするとおじさんはあまりいい顔をしない。「心配だから」なんて言っているが、あの人は諦めているように感じる。大人って仕事さえ出来れば、それ以外の時間を捨てても平気なものだろうか。生活費の代わりに、俺たちの命を握られているわけだが、男はそれを甘んじているように見えた。

 二つ目は、この男の生活が荒れているということだ。人権も何もない環境ではあるが、食事もろくに取らないし、服は何日も同じだし、寝ているのかさえ定かじゃない。俺の声が聞こえている時は、一緒に飯を食ったり皿を洗ったりするけれど、健康で文化的な最低限度の生活からは程遠い。でも、干渉するつもりはなかった。これくらいの距離感がちょうど良い気がしていた。

 三つ目は、ここでの生活は思ったよりも不自由ではない。夜中に意味がないメッセージが携帯に送られてくることもないし、面倒な視線もない。時間を潰すだけの簡単な課題もない。暇ではあるけれど、男が机に向かって唸っている姿を見るのはまあまあ楽しい。本棚にある本を読み流すのも意外と面白い。

 でも、時間があると人は余計なことを考えるようになる。いつまでここに閉じ込められたままなのかとか、俺はいつ殺されるのかとか。


 その日、おじさんは全く喋らず、飯も食わなかった。誰とも話さない一日は意外とキツくて、早めに寝た。一応、ベッドの端に転がったはずなのに腹に違和感があって、目を開けると暗い影が迫ってきた。

「ッ……‼」

 ポケットに手を伸ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る