第5話 いざ学園へ

 魂の有用性も確認し、この世界に蔓延る不老不死の研究論文を集めさせた私はホブゴブリンの転移魔法でアストラエア魔導学園に向かう橋に立っていた。此処から先は関係者しか通れない。

 目が見えずとも、魔力で分かる。

 かつて私達十三人の魔導師とアストラエアが施した名も無き結界が、予想を超えた相乗効果で機能している。ホブゴブリンが入れないと分かっていながら触れようものなら、相応の衝撃が襲う。それを分かっているから私は一歩を踏み出さずにいる。


「ゲルマニカ様、お帰りはいつになりますか? わたくしだけであの家を護るのは少々――いえ、かなり難しいかと……」

「そうか? 今のお前なら大抵の敵は倒せるだろうが、不安ならくらいの変わる三年の終わりに一度帰ろう。それと、護るのであれば相応しい物が必要だ。力を出さずに殺される事の愚かしさを、私は深く理解しているとも。故にこれを託そう。銘は忘れられているが、強力な魔法が込められている」


 私が収納魔法から取り出したのは一本のロングソード。ホブゴブリンからすればリーチに関しては丁度良いと感じるかもしれない一品だが、龍の魂で肉体を変性させた体では軽い――物足りないと感じるかもしれない。

 魔法と言ったが、正確にはアストラエアの加護が施された代物。世界に出せば神話級の一振りだと騒がれると思うが、私は観賞用にする気は無いから託す。


 魔導という概念をもたらした一人である私であっても、収納魔法に収められる量には限りがある。とは云え、殆どの物はしまえたし、あの家にはもう大きな価値は存在しない。

 拠点の一つ。ソレが私の家に残された価値。


「それでは、お気を付けて下さいませ」

「ああ、お前も気を付けろ。私と生活を共にした関係者はお前しかいない。もし死を覚悟したらその剣で自決すると良い。少しは楽に死ねるだろうよ」


 そう言って結界に足を踏み入れると、かつての感覚二千年前の思い出が想起される。

 アストラエア、三騎士さんきし六賢者ろくけんじゃ七帝しちてい

 私を除く創設者の気配、その残滓が香る学園は二千年の時を経ても魔導の最先端を歩んでいると理解させられる。魔導の庭園セントラルには無い濃密な魔の気配からは、魔導師として未熟な学生が大多数を占めているとは思えない。


「ふむ、流石魔導師の為の学園だ。こんな大きな建物になっているとはなぁ。私達が使っていた場所は……此処からだと分からないな。神秘の気配は薄れていないから残っているのだろうが、どう造りを変えているのやら」


 かつて私達は魔導を広めるつもりは無かった。

 人生の折り返しで偶々取った弟子達が魔導は広めるべき技術だとのたまうからアストラエアの家を小さな学校として開いたのが始まり。

 懐かしい。あの頃の私達は少し弟子に甘かったな。

 弟子達が凄いと囃し立てるから、アストラエアは過剰に力を発揮して倒れたのも、三騎士が少ない学生を管理していたのも、六賢者が基本属性を蔑ろにする学生を叱ったのも、全てが懐かしい。


 魔導を教えるのに体系化させるのも苦労した。

 私達七帝は少し異色な魔導師だったから尚更。

 私直属の弟子は一人だけだったが、虫を愛するあいつは何を残したのか。塔に入る権利は与えていないから図書室を調べれば資料が出てきそうだが、どうせ下らない研究を残したのだろう。

 見る価値があるかは……私の気が向いた時に拝見させてもらおう。私が死んで怠けた様子が確認出来たら墓を暴き、その魂の名残を存分に使うとも。


 私を超える才能は無かったものの、魔導には愛されていたからな。何かしらの大きな遺産を残している事を願うばかりだ。


 あの頃は八年という時間で育てていたが、現学園長であるジャックの話では六年制の学園に変わっているそう。変更がいつ成されたのかは知らないけれど、確かに六年生の時点でも魔導師と名乗れるだろうから異論は無い。

 今の魔導師達の祖と呼べる存在はその全てがこの学園から排出されている。今でこそ他の学び舎があるが、私が読み漁っていた禁書に分類される魔導書はこの学園から排出された存在が書いている事が多い。


 一年生で使う魔導呪文集第Ⅰ節なんかは私達が作った古い本だが、歴史と共に何度も改訂されて今に至っており、それに関わった学者はやはりアストラエア魔導学園を出自としている。

 別の大陸については知らないが、創設者として優秀な魔導師が生まれている事実は誇らしい。少なくともこの大陸では最も優れた、歴史ある学園である事は間違いない。


「さて、昔は三騎士が素質を見抜いてクラス分けをしていたが……あの三人はどうそのシステムを残したんだ? 力があるのは認めるが、そんな技を遺せたとはとても――失礼だが微塵も思えないな」


 何かカラクリがあるのだろうが、どこで時間を潰したものか。適当に歩き回ってみたものの、こんなに入り組む構造にした覚えは無い。

 かつて講堂として使っていた場所は見つけたものの、何やら人の反応が多いから生徒達が待ち構えていると思えば、勝手に入ろうとは思えなかった。

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