第2話 入学準備
魔導師にとっての基本から応用までが揃う魔導界の中央広場と呼ばれる、様々な建物が並ぶ区画。他にも魔法省なる法律機関もあるらしいが、私が虫の帝として存在していた頃にはそもそもこういう場所は無かった。
私の服などはホブゴブリンに一任しているから制服をオーダーする程度は問題無いだろう。手紙の一枚を差し出して何が必要なのかを確認させると、ホブゴブリンは手紙を懐にしまった。
私に杖は不要だが、入学に必要な物として書かれているのならそれに従おう。だが、
「ふむ、杖に関して店を知らないか? 杖を見つけるのは往々にして時間が掛かると聞く。その間お前には他の物を買ってきて貰いたいのだが」
「それでは此方に」
手を引かれるままに歩けば、私の両目を覆う黒布を見た大人達が避けてくれるのが視える。魔導師は良くも悪くも自己中心的だが、こういう優しさはあるのだなと再確認しつつ辺りを魔力で眺めていると、ホブゴブリンが足を止める。
「魔杖店レティキュレート。間違いなく魔導界随一と呼べるでしょう」
「そうか、なら後は任せた。私は杖を買おう。金の心配はするな。常にある程度を持ち合わせているのは知っているだろう? それでも心配なら早々にこの店に帰ってくる事だな」
別れを告げて店に入ると、入店を告げる小さな鈴の音が鳴り、革靴を履いているのかカツカツという音を鳴らしながら一人の人間が近寄ってくる。
人間と分かったのは外的特徴が何も無いフラットな存在だから。僅かにゴブリンの血を受け継いでいるのか、それとも偶然か鼻は尖っているが。
「初めまして。杖をお求めですかな?」
「アストラエアに入学する為に」
そう言って握手をすると相手からの情報が流れ込む。店を継いで十年が経った店主であり、十七代目レティキュレートとしてこの店を経営しているらしい。
他にも先代達から杖の世界を学んでいる事や、開示しなくていい過去などを見せる辺り、この青年はまだまだ若い魔導師だなと思う。
同様に私の情報も引き抜かれているが、過去を見せる訳にはいかないから私はきちんと見せる情報は選別している。
握手とは、古くから伝わる挨拶の一つ。
そこに込められた想いはやがて積み重なり、魔導師の間では情報のやり取りが出来るという信仰にも似た思いが芽生え、初対面の存在に自分を分かりやすく説明する手段として確立された。
勿論握手で得た情報は外に漏らさないという前提を守る者にのみ、この契約魔法とも呼べるものが発動する。
「若くありながらそれだけの叡智を求める姿勢は魔導師として大成するでしょう! 幾つか候補はありますが、ゲルマニカ嬢からは虫のイメージが伝わります。なので……」
そう言ってレティキュレートが奥に向かうと、何やら色々とひっくり返したりする音や破裂する音などを数分ほど響かせてから何事も無かったかの様に長い杖を持ってくる。
杖というよりかは、槍だな。先端は鋭く無いが。
虫の帝というのも名ばかりの存在では無く、触れれば何を素材にしているのかは分かる。しかし、此処まで育った個体は見た事も無い。
「その思いに相応しい『威厳』を花言葉とする白百合の蜜を啜って生きた多次元の蝶から取れた角こそがゲルマニカ嬢にはお似合いでしょう。先端は蝶を引き寄せる灯りの魔法に適する様にカゴの形に加工してありますが、他の魔導に影響はありません」
「ふむ、だが私にはかつて使っていたこの杖があってね。加工は得意なのだろう? 任せても?」
「勿論です! それでは其方をお預かりして、住所を此方に記載して下さい。入学までには必ずお届け致します!」
「よろしく頼む」
そう言って手続きを済ませてから店の外に出れば、仕事の早いホブゴブリンが教科書を浮かせながら歩いているのが視えた。此処に来たという事は、制服も仕立て終わったらしい。
帰る為にホブゴブリンの手を取った。
家に転移すれば、彼は私に魔導界では比較的メジャーなお菓子として昔から売られているスライムチョコを差し出す。私の好みを理解しているのは流石と言えよう。
その場で開けて食べれば、柔らかなチョコが口の中で膨れ上がった。
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