魔導師ベルーガ・ゲルマニカ、その生涯。
星下めめこ
アストラエア魔導学園【Ⅰ】
第1話 学園からのお誘い
嗚呼――染み渡る。
渇き、焦がれ、廃れた更地を再興させる様な、独特な潤いが脳を通して感じられる。また一つ、新たな知識をこの身に宿せた。そう分かればこそ、それ以上の幸せはあるだろうか。
「ゲルマニカ様、お時間はありますか?」
扉越しに嗄れた声が掛けられる。
私の時間を無益に奪うとは考えられないが、無視。
今はこの新しい――今からおよそ二百年前の魔導書に記された現魔導界にとっては革新的とも呼べる内容を椅子にもたれながら脳に刻んでいる最中。
生憎
読み取りに類する魔導を使えば強制理解などせずに読む事は出来るが。
新たな知識を己に宿す。
それは魔導師と呼ばれる存在であれば当たり前の日課だろう。常に学び、新しきを知ろうとしない魔導師は死ぬ。
我々魔導師は穏やかな存在では無い。
殺す時は殺すし、生かす時は生かす。そしてそれら命の手綱は強者にのみ握る事が許されている。
「しかし、二千年前の我々を越えられないとはな」
本の内容を理解し終えて、瞳を覆う為にあつらえた黒布を頭から目元に戻す。戻す際に少し緩んだが、魔力を込めて調整すればいつも通りに引き締まる。
魔導師であるのなら常に過去を凌駕せねば示しが付かないと私は考えているものの、どうやら魔導界はそうもいかないらしい。
とにかく再臨したとなれば、私は世界に貢献しようじゃないか。その為には目標を定めねばならないが、現時点では特に目標が無い。
私を越えてみせろ――というのが目標だが。
「ゲルマニカ様、大切なお手紙が届いております。確認して頂きたいのですが……」
無視を続けても仕方がないから通す。
脳内麻薬に浸る今の私は、雑事はしたくない。
新たな知識とは、そしてソレを得られるとはそれだけで価値のあるものだ。
扉を魔導で開ければ今の私より高い身長をした、ホブゴブリンと呼ばれる――耳と鼻がやや尖っている事が特徴の亜人に分類される――種族の召使いが入室する。
この家には彼と私しか居ない。
不便だと思った事は無い。
ホブゴブリン曰く、私は白髪らしい。髪が伸びると切ってくれるが、私という個人を起点に――人間の内側からでは無く、表皮などの外側から魔力を放つ都合上、どういう髪型なのかは知らない。自分の眼では髪型が分からないのと同様……というのは建前で髪型に頓着が無いとも言えるが。
しかし私には認識して貰いたいのか、彼が語るには前髪はやや弧を描く様に切り揃え、後ろ髪は自然なカットに仕立てているらしい。
「手紙は開けたのか?」
「いえ、ですが『アストラエア魔導学園』と記されております。ゲルマニカ様ももうすぐ十二歳になられますから、入学案内が届いたのかと。また魔導書で頭をお使いになられたのであれば
「ふむ、問題無い。下がって構わんよ」
「何か御座いましたら――」
「ああ、頼りにしている」
アストラエア魔導学園。
ただ魔力を有しているだけでは入る事の叶わない所謂エリート校と呼ばれる学び舎。しかし私からすればおよそ二千年振りの帰還とも言える。
かつて教師として在籍したその地へ、今度は学生として出向く事になるとは、運命とは数奇なものと呼ぶしかない。
ホブゴブリンから渡された手紙には封蝋が施されている。彼が心配からか、親切心故にか、とにかく勝手に開封してはいない事が分かる。
尤も、そんな存在は要らないが。
封を剥がして中身を取り出すと、一枚が滑り落ちる。盲人にとってそれを見つけるのは困難なのだろうが、私には関係ない。
己を起点として魔力を常に発する私は普通の存在よりも
「さて、一枚目は何が書かれているかな?」
魔力を波の様に発する都合上、紙に書かれたインクを識別するまでには至らない。魔力の触れた物や色が何であるのか、その識別しか出来ないが、指先に魔力を集めて読み取りの魔法を発動して手紙をなぞる。
『親愛なるゲルマニカ殿、貴殿がアストラエア魔導学園への入学を許可された事をご報告致します。それに伴い、入学にあたって必要な物や持ち込んで良い物については同封の紙に書き上げておりますので確認して下さい。それでは四月一日の入学式にてお会いしましょう。
もし他の学舎を希望の際はこの手紙の下記の欄に学校名を書き記して焚き上げて下さい。
学園長アンバージャック・ガーデンイール』
ツマラナイ表向きの挨拶が書かれた紙に魔力を通して手から落とせば勝手に私の机に向かって進む。
この程度の魔導を自らの意思で発動出来る――それがアストラエア魔導学園への入学条件。簡単に見えるが、何も知らない十二歳未満の子供からすればかなり難易度は高い。
落ちた紙を拾って同じ様に指でなぞれば、今度は当たりを引けた。
『親愛なるゲルマニカへ。君が幼い頃からの付き合いだから理解しているけど、この学園での生活は良い刺激になるだろう。是非旧知の仲として、君を我が学園に招きたい』
ジャックの私的な文章だが、私に送る手紙はこれ一つで良いだろうに。上の存在とやらは形式を気にしなくてはならないのだろうか。
アストラエアも同じ様な――いや、彼女は家の外に出なかったからこんな事はしないか。
残された一枚を指でなぞって読み取れば、制服や杖が必要だと書かれている。必要であれば実務用作業装具一式、身体機能補助の魔道具、ペットも持ち込んで良いのか。
随分と寛容になったと思うが、未だ盲目を補助する魔道具は確認されていない。
教科書には魔導呪文集第Ⅰ節、魔力概説、人魔見聞録、外なる魔導の四冊が採用されているらしい。どれも読んだ事はあり、魔導師の入門としては相応しい書籍だと思う。つまり、私からすればツマラナイ本だ。
そして最後に自身の研究したい内容の本。これは第一学年ではあまり重要視されないから授業の復習にあてれば良いが、私は普通に授業を受けるつもりは無いから早めに目標を見付けねばならないな。
「『塔の権利を得た者は一切の学びを放棄して良い』――これが未だ生きた学則である事は確認済み。入学まで時間があるから研究テーマはのんびりと考えようか」
まさかこんな形で「約束された自由の十三塔」を使う日が来るとは思わなかったな。建てておいて正解、あの弟子の言葉に耳を貸して良かったと思える日が来るとはな。
虫の帝として、虫の塔は私が貰い受けよう。利用者が居ても決闘で奪えば何の問題も無い。
そうなると後は制服やら杖やらを買わねばならない。
ホブゴブリンを呼び鈴で呼び出せば、音もなく跪いた格好で私の前に現れる。転移魔法は私も使えるが、今から長距離を転移をするというのに無駄な魔力を使う癖は直させるべきか。
「久しぶりの外出だ。
「かしこまりました」
ホブゴブリンの差し出す手を取れば、一瞬で景色が切り替わるのが魔力で読み取れ、久しぶりの陽光を浴びると柔らかな暖かさを感じた。
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