第2話 その男、変質者につき。

「アロイスが来たのもその頃だったかしら」


ありきたりな呟きで回想に移るのを許してほしいわ。







それは数ヶ月前…魔法薬の材料になる薬草を買い付けに街まで出向いた時のこと。


「王妃様がわざわざ街まで出向かなくても良かったのでは?、薬草の仕入れなら使用人が手配いたしますし、商人を城へ呼んでも…」


馬車の向かいの席に乗っていた騎士団長のドルフがバツが悪そうな顔で問いかけてくる。


「買った薬草から魔法薬のレシピが漏れないとも言い切れないでしょう、王国を守るためにも城に出入りする人間は最低限に収めたほうがいいのよ」


「だとしても…こんな雨風が強い日に貧相な馬車にドレス、警護も私だけだなんて危険ですしあまりに…その、」


「みっともない、かしら?…贅沢なドレスを着て、使用人や騎士団を引き連れて行ったら名乗らずとも名乗っているのと同じよ、それに警護はあなたが居れば安心でしょう」


雨風の強い日に出かける王妃なんて想像もつかないだろう、思われてせいぜい変わり者の貴族だ。


それに騎士団全員に鬼や怪物のように怖がられている騎士団長が鎧を脱いで着慣れぬタキシードを窮屈そうに身に纏っている姿も滑稽で面白いから、なんてのは口が裂けても言えないが。


大粒の滴が馬車の窓を伝い落ちるのに視線を移し、目的の店へ到着するまでしばしぼーっとしようなんて思った矢先に馬車がガタンッと音を立てて勢い良く止まる。


「王妃様!」


咄嗟に受け止めてくれた筋肉だるまのおかげでどこもぶつける事はせずに済んだ。

筋肉ってすごいのね。


「っ、大丈夫よ…それより外を」


筋肉クッションへの関心もそこそこにドルフに指示を出すと短く返事だけをして雨の中へと降りていった。



「報告を…道端に浮浪者が倒れていただけのようです、雨のせいで視界が悪く御者がギリギリまで気付かなかった様で」


しばらくしてずぶ濡れのドルフが報告に戻り、端的に話したあと言い出しづらそうに「ただ」と口を開く。


「外が暗いので定かではありませんが、あまり見ない髪色の若い男でして…他国からの刺客だとも考えられます」


「髪色?」


「はい、ダークブルー?でしょうか…まるで夜空のような色をしているんです」


筋肉だるまの騎士団長にしてはロマンチストな口振りに思わず吹き出して笑ってしまう。


「っ、うふふ…夜空の色、それは気になるわね。傘を頂戴」


「なっ、さっきの話聞いていましたか⁉︎敵国の刺客…っ「傘を」


被せて命じれば致し方ないと諦めたようにドルフは傘を用意する、その傘を屈強な手から抜き取り雨でぬかるんだ地面で足が汚れるのも気にせず馬車の前へと回る。


そこに倒れていたのは…


背後から静止の声を上げるドルフと御者の声も聞こえなくなるほどに綺麗な髪を持った男だった。


もうずぶ濡れで意味が無いというのに軽く倒れている男へ傘を傾けて様子を伺った刹那、まるで寝言でも話すみたいにその男は身動いだ。


図太い男。


「ドルフ、ブランケットを。この男を連れて帰るわ」


至極上機嫌に振り返る私にほとほと呆れた顔をする騎士にさらに良い気分になる。


「え!本気ですか…!!屋敷に入れる人間は最低限なのでは⁉︎」


は、と言ったでしょう。」


「はぁ…全く、怪しいものなら許可無く斬りますからね」


これだけは譲れないと言い切りながらもブランケットを用意するあたりきっとお人好しなのだろう。


「あなたの聞き分けの良いところ、嫌いじゃ無いわよ」



そうして、その日は薬草では無くを持ち帰った。


雨の日の私はまだ、その男がだということを知らない。






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