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半年後、繭を脱ぎ捨てた子供たちは、健康そのものだった。舌も美しく割れている、私は安堵の息を漏らした。
六人での生活は、目が回るほどの忙しさだった。
子供たちと対等に過ごせる七年間は、スキンシップをとろうと最初から決めていた。性が確定した時点で親子の関係は改められる。もし女の子ならば親元を離れ、寄宿制の学校へ行くことになる。
子供の成長を見るのは楽しかった。話しかけ、笑みを交わし、抱き締める。その繰り返しと共に時間は流れ、やがて四人のうち、二人が女性化した。
娘たちを送り出したあと、私は息子たちと数々のスポーツを楽しんだ。
妻は彼らに規律やマナーを教え込んでいるようだった。確かに息子たちの態度から、妻、私、そして自分達という序列が身についているのが伝わってきた。
妻は最近、日記に詩のようなものをよく書いた。星が綺麗だとか、雨を眺めていたいだとか、そのあとの虹の見事さだとか。それを読むたびに、眠った妻に頭を寄せる。
ずっとこんな生活が続けばいいのにと願いつつ、いずれ終わりが来ることに心を痛めた。気分の浮き沈みに困らされるのはきっと、今が幸せ過ぎるからだろう。
*
そんな小さな胸騒ぎを抱えていたある日、異変は不意にやってきた。
いつものように交換日記を開くと、そこに妻の文字が見当たらなかった。ページを捲ってみるが、空白しかない。こういうことは前にもあったが、事務所の勤怠記録が抜けているのを見つけて、唇を噛んだ。
取り乱す気持ちを抑えつつ、眠っている妻を鏡に写す。その表情からは何もわからない。ずっと眠ったままだったのか? 息子たちはあいにく不在だったので、昨日の様子はわからなかった。
とにかく病院へ行き、妻の状況を説明した。
「残念ながら……」
医者はゆっくりと首を振った。検査の結果、脳が壊死していると告げられた。
唐突にそう言われても、素直に受け入れ難い。身体はこうして生きているし、その表情は眠っているようにしか見えない。髪も、肌も、唇も、生き生きとすぐ隣にある。
私は妻の艶やかな頬に手を当てた。
「お母様はまだ、こうして生きていらっしゃる。だから、お母様のお身体を大切にしてやって」
あとから病院に駆けつけた長女が、涙を堪えながらそう言った。通例通り、葬式は出さず、私が死んだときに合同ですることになった。
だからというわけではないが、死の実感はあまりない。これまで通り隣には妻があり、妻の身体と共にある。変わったところと言えば、日記が止まったことと、覚醒のタイミングが毎日になったことくらいだ。
私は妻の事務所を畳んだ。息子たちが巣立つ時期と重なったので、アパートメントを引き払い、郊外に小さな家を借り、畑をもった。
優雅さと上品さを忘れず、妻に見合う日々を送った。スキンケアをし、身なりを整える。ときにはレースつきのトーク帽を彼女に被せて、旅先のガーデンでお茶を飲んだ。
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