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男性は女性と交わると、頭を残して女性に取り込まれ、双頭の一つとなる。
それは当たり前のことで、わざわざ言葉にすることでもない。しかし、実際自分が体験してみると、自然の摂理に畏怖するばかりだ。
今、妻はすぐ隣で眠っている。どちらかが覚醒しているとき、どちらかが眠る、双頭の妻夫だけがもつ特有のサイクルだ。
覚醒は一日交替でやって来る。一日を普通に生活し、夜床について朝を迎えても目覚めず、そのまま丸一日眠り続け、翌々日の朝に目を覚ます。互いの意識が同時に覚醒することはほぼないと言われている。
身体を捧げた私は農業法人を退職し、妻の法律事務所の事務を手伝うことにした。子供をつくる妻夫には公的機関からかなりの補助が出るため、収入の不安はないが、今まで通り何かしらの仕事をしていたかった。
子供をもうけることは大きな喜びを生み出す。その反面、配偶者と直接話すことができなくなるという寂しさを抱えることになる。二人で出かけて、食事をしたり、景色を眺めたりすることも、もうできない。身体は常に一緒だが、妻はいつも眠っているのだ。
日々の申し送りのために交換日記を始めた。朝、妻の文字を眺めてから、一日を始めるのが日課となった。
そこには彼女の様々な意思が詰まっていた。料理のレシピであったり、刹那的なつぶやきであったり、本や音楽の感想があったり。もちろん、私への細かい指示もある。食べ物のことや、つかっている薬とか、されては嫌なこととか。様々なことを私は学び、心に留めた。
双頭の生活にも馴染んだ頃、ようやく妊娠の反応が現れた。気分や食欲が乱れ、寝つきも悪くなる。互いの神経は絡みあっているゆえ、妻の身体の細かな変調は、私のものとして脳へ返ってくる。
おめでとう。喜びを共有しつつ、今後のことについてやり取りをした。ちょうど重要なクライアントを複数抱える時期だったので、妻は仕事に専念し、私が出産の準備を進めることになった。
私は可能な限り、妻の身体を丁重に扱った。清潔さを保ち、髪を整え、好みの化粧をほどこし、季節にあう服装を身につけた。恥をかかないように所作にも気を配った。
*
日記を交わしながら月日を重ね、とうとう私たちは臨月を迎えた。
どちらが出産してもいいようにと心づもりはしていたが、私の覚醒時に激しい陣痛がやって来て、やはり慌てた。
メモに書き出していた用意をもって病院に向かうと、そのまま分娩室に入れられた。事前の診断で、子宮内には四つの影が確認されていた。
陣痛がうねりのように寄せては返し、激しさを増していく。玉のような汗をだらだらと流し、声を押し殺す。こんなひどい痛み、本当に耐えられるのか。弱気になっていく自分を何度も奮い立たせるが、長時間の激痛と疲労で、しだいに意識が遠のいていく。
「……しっかり」
耳元で発せられたその声に驚き、消えかけた意識がはっと甦る。荒い息を繰り返しながら、視線を横に向けると、妻が目を覚ましていた。
「手を貸すから、一緒に……」
天井を睨み、妻はそう言った。
双頭の同時覚醒で一つの身体を制御することができるのか。二つの指令が交錯すると、うまく身体が反応しないのでは? ……疑心暗鬼になるが、今更そんなことを言ってもいられない。
妻は右手で、私の左手を掴んできた。指を絡め、握り締める。同じ痛みを耐えながら、呼吸をあわせ、力を振り絞った。何度も何度も繰り返す。
やがて、私たちは四つの
「……ありがとう」
妻はそう言い残すと、深い眠りの中へ戻っていった。
私はぐったりと身を横たえたまま、思いがけず現れた妻の余韻を、噛み締めていた。
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