第7話 情愛

「あれは、龍……」

『エルライミサよ。ワレに掴まれ』


 エルライミサは、果たして銀の弾丸を受けたのだろうか。

 泥と化してあおの川に流れて行ったのをAyaは確認していた。


「泥が、固まって行く……」

『そもそも、エルライミサは、幼い頃に埋葬されたモノだ。ワレが命を与えし後、墓から両腕をずいと突き出してよみがえった。それからは、美しいヴァンパイアとなりて、ジャンセルの元で赤い酒を売り炭鉱夫から巻き上げる役を買う人ならぬモノとなった』


 固まった泥が龍に掴まる。


『人になりたいと、よくほざいていたが、死ねぬが神だ』


 顔らしき部分が悲痛に訴えている。

 ヴァンパイアは銀の弾丸を受けた後も再生された。


『さあ、行くぞ』


 土砂降りの中を分け入るように、天が泥を抱えて、空間の線に入って行った。

 割れ目は、他の世界に通じている様相を呈している。


「エルライミサ・オルビニアンは、本当に異なる世界から来たのかしらね」


 Ayaは、褐色の肌に銀髪が映える碧眼の鋭さを忘れられない。


「彼女に共感を覚えたわ。でも、ヴァンパイアでも泥人形でもないの。では、心が通じ合ったのかしら。――どんな点に?」


 思えば、はっきりとした理由が見当たらなかった。

 ただ、愛が欲しいと思う一念だけが合致したとはAyaも頷く所がある。


「さて、こうしてはいられないわ。起き上がらないと、私が本気で溺れてしまう」


 ケホ、ケホッ。

 這いつくばって、もっと木立のある方へと逃れて行った。


「Kouも現れないしどうしたのかしら? この通り、雨が降っていると言うのに。先程は、晴の中お助けいただき、ありがとうございます」


 快晴の夜空の元、現れてくれたのは、どうしてだったのか。

 今、天とやらが降らせた雨が激しく降っているのが不思議だ。

 ガラガラガラ、ピッシー!


「雷か。そう言えば、落とした後、Kouが撃ったシュヴァルツ・ドラッヘが見当たらないわね。まさか、流された?」


 Ayaはその辺りを隈なく探した。


「木の上に!」


 低い枝に銃が引っ掛かっていた。


「なら、Kouは? 応援に来てくれたと思ったKouはどうしたの?」


 銃を取ると、刻印のあるシュヴァルツ・ドラッヘをなぞる。

 母から授かった大切なこの世に一つのものだ。


「晴れていたから、来れなかった……。そうよね、そして、今は偽物の雨だからいない」


 白雨の中、Ayaはもう見えない天の川を探した。

 足下にぴちゃりと冷たい水が掛かる。


「愛することは、容易なことかも知れない。でも、愛される人になるのは、決して簡単なことではないわ」


 時空の割れ目に消えて行った銀髪の美しい人に言葉を交わす手段がない。

 指で、空に『愛』と書いた。


「うん?」


 すると、空が光る。

 そして、太鼓を叩くような弾ける音が続いた。


「花火? こんな雨の中、大輪の花が咲く音が聞こえる。この雨は幻だとでも? それとも、晴れていないと言うの?」


 ドドドド。

 パッパッパッー。


「晴なのか、雨なのか。濡れすぼってすら分からないわ」


 Ayaは、先程まで絡み合った木立や砂利を振り返った。


「七夕の花火のごとく現れた私の仲間、エルライミサ・オルビニアン。あなたなら、どう思うのかしらね……?」


 ――七夕は晴れているか。




                        【了】

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七夕は晴れているか ~Aya×双刻のヴァンパイア降る荒野~ いすみ 静江 @uhi_cna

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