第6話 織姫
「Kouは、ペンしか持たないの。撃つ訳がないわ」
「黙れ、Aya。愛など与えぬ」
砂利の音が走る。
エルライミサが傷口から滴る血を舐め上げた。
「今日は七夕――。あの星空に横たう天の川に阻まれて、織姫と彦星がいるのよ。雨が降ったら、溢れてしまって会えないの。けれども、今なら晴。きっと会えているわ」
「フフフ。ならば、雨を降らせてみせよう! さあ、天よ! あの川を氾濫させるがいい」
木の上に蛇が巻き付いていた。
途端に龍の姿に変わる。
だが、Ayaにはその姿が見えないようだ。
『ワレに命ずるとな。フハハハ。面白い。受けて立とう』
龍は首をもたげ、天へ眼力を込めた。
『――ワレは天』
首を一振りし、天空へと駆けて行く。
『全ての神と魔の力を集めしモノ。この天上より、雨をもたらし給え――!』
ザザッザザ……。
ザ――。
「雨……。大雨だわ」
「AyaとKouの愛は、あの織姫と彦星のようにか? 終わったな」
あおの川も水嵩が増して来た。
このままでは、下にいるKouが危ない。
「愚かなことを。Kouは、雨の日にこそ現れるのよ」
「だから、なんだ」
Ayaは、ちらちらと下の川を窺っていた。
そして、唾を飲む。
「私もろとも撃って! その銀弾に愛を……!」
雨に声が打ち消されたか。
もう一度叫ぶ。
「銀弾に愛を――! Kou!」
ズガーン!
走る砂利の音はなくなった。
木の上で絡まっていた、Ayaとエルライミサがゆるやかに落ちて行く。
天使が支えていたのか、ドサリとの重い音はしなかった。
「フフフ。事切れたか、Aya?」
「まだよ、まだ。片想いでもいいの。ずっとKouを愛し続けるわ」
倒れたままで、エルライミサが腕を伸ばす。
土砂降りで濡れた、冷めたミルクティーみたいなAyaの掌が彼女を求める。
「私達は、似た者同士なのよ」
「アタシはそれを認めないが」
砂利に頬を付けていたが、水が溢れて口に入って来た。
顔を逸らすと、先程までの血は止まっている。
「エルライミサは、私の傷口に薬でも塗ったのかしら」
「アタシが舐めると治りが早いらしい」
繋がれたミルクティーが、お互いの心の臓に、チクンと刺した。
「愛の形って、ないのではないかしら」
「愛の形って、初めて知った」
二人の形がチクンと腕を通して回り、上空から見ると絆を表すハート型だ。
「Kou、ありがとう……」
Ayaの黒い瞳がKouの姿を探す。
だが、ここには、二人しかいなかった。
「どこへ行ったのかしらね。悪い冗句はよしてよ」
二人の織姫だけが倒れていた。
銀弾は一つだ。
撃つのなら、同時に通過できる角度で狙わなければならない。
『フハハハハ! 再び、泥人形になりたければ、拝み倒すのだな、エルライミサ・オルビニアン』
先程、繋いでいた甘い結び付きが解けた。
正確には、彼女が解けて蒸発してしまった。
「エルライミサ・オルビニアン! 本当に人たらしめるものではなかったの?」
Ayaは、ズリズリと這って行き、彼女の存在を確かめたが、川に流された泥と化していた。
「エルライミサ……。もしかしたら、命運を感じる出会いだと思っていたのに。先程まで、織姫は二人いたの。私の彦星よ、独りになってしまったわ。迎えに来てくれないかしら」
いつもの力強いAyaの面差しはない。
あおの川に身の半分を沈めていると、天の川に溺れているようだった。
「私が地上で雨が降るとKouと会えるけれども、天の上では、二つの星はまた別れて労働の日々なのよね」
Ayaは、もう口を開くのを止めた。
黙っていても雨の日ならば、Kouが現れてくれるのだから。
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