第5話 雨音

「はっ」

「イヤ――!」


 Ayaが、エルライミサが、睨み合いから解き放たれたかと思うと、川端にある木へ飛び乗る。


「やわらかい?」


 エルライミサは木を初めて知ったようだ。

 しなる枝に足を滑らせたが、すぐさまAyaから離れた枝へと体を反らせて飛び移った。


「隙ありと、これを放ってもいいけれども、なにせ大切な一発なのよね。正体も分からない人を殺める必要もないわ」

「アタシはここへ人になりに来た」


 Ayaも距離を取って、後方の枝へ行く。


「人に? 確かに肌と髪や瞳の色は異なるけれども、それだけよ。私達とどう違うの?」


 エルライミサは、Ayaの平和な考えを吐くように笑った。


「クククフフ……。大違いだよ」


 逆さ吊りの蝙蝠のような大きな影となって、Ayaに近付く。


「ガアアアッ」


 シュヴァルツ・ドラッヘを悟られることもなく構えた。

 いつでも撃てる状態だ。

 シルエットがAyaに絡み付いたときだった。


「――止めるんだ! Aya!」


 雨も降っていないのに、あおの川の草むらから、Kouが現れた。


「Kou! まさか、Kouなの?」

「シャアアア! もう、遅い……! アタシは夢を叶える」


 エルライミサの本体が飛んで来て、Ayaの首元に口吸いをして来る。


「は……う。Kou……」


 ぬばたまのAyaの黒い瞳から、雫が一つ二つと零れて行った。

 ポッ、ポッ、ポツポツ――。


「雨ね。雨音が聞こえるわ――。だから、こうして再び会えたのね」

「シャアアアア!」


 Ayaの肩と首の付け根から、血がたらたらと零れて行った。

 このままでは、鍛えているとはいえ、倒れてしまうだろう。


「シュヴァルツ・ドラッヘだ! Aya」


 Kouの言葉に目覚め、気が遠くなる中、バケモノと化したエルライミサに銃口を突き付けた。

 カチリと銀弾を撃つ支度を整える。


「シャアア。痒くもないが?」


 そのまま、腕をだらりとして、撃たずに銃を落とした。


「エルライミサ・オルビニアンと言う人はどこへ行ったの? 私が撃たなくても、血を吸われなくても、人になる道はあると思うわ」

「生意気を言う口はこれか?」


 エルライミサがAyaの唇に己のそれを重ねる。

 長い長いキスをしつつも、Ayaからは血が流れていた。


「私達は似ていないかしら」

「アタシと? だったら、ヴァンパイアになったその身に先程の銃で不死身を証明してくれ」


 Ayaは身動きが取れない。


「木の枝で繰り広げていた惨劇をKouは見ている筈だから」

「だから? 代わりに撃って貰うのか。ただならぬ関係なのだろうよ」


 もう一度、エルライミサが唇を合わせると、悔しそうに眉根を寄せて、Ayaの頬を叩いた。


「アタシは、愛されない。そして、人でもない。だから、羨ましい以外にない! 撃て、Kou」


 草むらから河原の砂利を踏んで走り回り、どこから撃って来るのか、分からなくしているようだ。


「デュ・メルシ! Aya!」

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